コラム

ヒトへの依存度が大きい犬種は? 嗅覚で視覚を補っている? 2022年に話題となったイヌにまつわる研究

2022年12月20日(火)11時20分

イヌは1万2000年前にはヒトに飼われていたとされています。指差し選択課題で古代犬種と欧米犬種に差はない結果は、指示を理解する能力は、イヌがヒトと暮らし始めるようになってから比較的早い段階で獲得されたことを意味しています。いっぽう、解決不可能課題で欧米犬種が古代犬種よりもヒトをたくさん見た結果は、ヒトへの依存はイヌが家畜化してしばらくしてから獲得されたことを示唆しています。

研究チームは、ストレスホルモンであるコルチゾールの産生に関与する「メラノコルチン2型受容体」(MC2R)の遺伝子の変異が、古代犬種と欧米犬種では違うことも突き止めました。これは、ストレスホルモンに関する遺伝子の変異によって、欧米犬種が強いストレスを感じずにヒトと暮らしたり、コミュニケーションを取ったりできるようになった可能性を示していると考えられます。

「ヒトとイヌの関係」を科学的に解明する研究は、90年代からの認知行動実験、2000年代からは行動と遺伝子を絡めた調査と発展してきました。柴犬、秋田犬といった日本犬が古代犬種に分類されることもあって、日本では精力的に研究されて成果も上がっており、今後も期待される分野です。

今回の成果は、ストレスホルモン関連遺伝子の変異が、実際にホルモンの分泌量をどれくらい変化させたかのデータには触れていません。研究チームによると、コルチゾールの分泌量の測定はほぼ終わっていて、次の論文で「行動・遺伝子多型・ホルモン分泌」の三者の関係について考察したいそうです。

イヌは嗅覚を使って「見る」ことができる?

イヌの嗅覚は、においによって感度は違いますが、ヒトの数千から1億倍と言われています。イヌは暗闇の中や視覚障害を負っても想像以上に「普通に行動できる」ことが知られていますが、これは「嗅覚で視覚を補う能力があるからだ」と考えられてきました。けれど、嗅覚が脳内でどのように情報処理をされているのかは未知の世界でした。

米コーネル大獣医学部のエリカ・F・アンドリュース氏らの研究チームは、人間の医療にも使われるMRI(磁気共鳴画像診断法)を使って「イヌの大脳には嗅覚を使って見るメカニズムがある」ことを示唆しました。研究成果は「ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス」に掲載されました。

研究チームは、23匹の中頭犬(鼻先の長さが中程度の雑種20匹とビーグル3匹)を対象として、MRIの拡散テンソルトラクトグラフィー(神経繊維を描出する技術)を使って、脳の嗅球から大脳皮質への接続状態を調べました。

その結果、運動機能の情報を伝達する皮質脊髄路、においの情報処理や記憶に関わる梨状葉、感情や記憶を司る大脳辺縁系、記憶の保持や長期固定に関与する嗅内野、視覚機能と認知に携わる後頭葉が嗅球と繋がっていることが分かりました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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