コラム

マジックマッシュルームをアルコール依存症の治療へ 転用の歴史と問題点

2022年08月30日(火)11時25分

マジックマッシュルームは、中世のアステカ帝国(現在のメキシコ)ではシャーマンが神の御告げを授かるための「神聖なキノコ」として丁重に扱われました。摂取したシャーマンはトランス状態になったため、現地では「テオナナカトル(神の肉)」と呼ばれました。

日本でのマジックマッシュルームの最も古い記述は、平安時代末期の『今昔物語』です。山で道に迷った女たちが見つけたキノコを食べたところ、踊りたくて仕方がなくなったという逸話が描かれています。当時はこのようなキノコは舞茸(現在の食用のマイタケとは異なる)、踊茸と呼ばれました。江戸時代には、食べた一家全員が一晩中笑い続ける笑茸、酒に酔ったようになって高いところに登りたくなる登茸なども記述されています。

西欧にマジックマッシュルームの存在が広まったのは、20世紀半ばになってからです。50年代にアメリカの菌類研究者のロバート・ゴードン・ワッセン博士による中米の調査で「幻覚を起こすキノコ」が発見され、西欧で知られました。その後、LSDの研究・開発で名高いアルバート・ホフマン博士が幻覚成分を特定し、シロシビンとシロシンと名付けました。

60年代になると、マジックマッシュルームはLSDと共に「サイケデリック(幻覚効果のある薬物を服用した時に見える幾何学的なパターン)」の原動力となり、ヒッピー文化やドラッグカルチャーに影響していきます。濫用されたことで、71年にシロシビンそのものは向精神薬に関する条約で規制されましたが、成分を含む植物は国際規制されず、取り扱いは各国の判断に任されました。

日本では90年代に合法ドラッグとして流行しましたが、01年に人気俳優がマジックマッシュルームを摂取して入院したことが騒ぎとなり、02年に麻薬原料植物として規制対象となりました。

合法化の動きも活発化

マジックマッシュルームに対する風向きが変わったのは、2010年代になってからです。

マジックマッシュルームとうつ病に関する研究で世界をリードするインペリアル・カレッジ・ロンドンは16年に、少なくとも2種類の抗うつ剤を服用しても症状が改善されなかった重度のうつ病患者の症状をシロシビンが緩和させることを発見しました。マジックマッシュルームの2回分の服用にあたるシロシビンは、うつ病と診断された12人の被験者の症状を3週間にわたって緩和させました。

17年には同チームが、マジックマッシュルームを食べると「うつ状態」の脳をリセットして再起動させる働きがある可能性を示唆します。シロシビンの投与は、脳に電気を与える「電気痙攣治療」と似た効果が見られたといいます。

アメリカでも、うつ病や不安障害等の精神医療について研究しているウソナ研究所などでマジックマッシュルームの研究が進み、19年には大うつ病性障害(MDD)に対する画期的治療薬としてシロシビンが米食品医薬品局(FDA)に承認されました。

これらの効能によって、アメリカではマジックマッシュルームの合法化の動きも活発になりました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ソフトバンクG、オープンAIとの合弁設立が大幅遅延

ワールド

韓鶴子総裁の逮捕状請求、韓国特別検察 前大統領巡る

ワールド

中国国防相、「弱肉強食」による分断回避へ世界的な結

ビジネス

首都圏マンション、8月発売戸数78%増 価格2カ月
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story