コラム

生魚の寄生虫アニサキス、古今東西の日本に見る予防対策

2022年07月05日(火)11時30分

酢や塩漬け、醤油やわさびを付けても、アニサキスの幼虫は死滅しないため、サバをシメサバに調理してもアニサキス症の予防にはなりません。よく噛んで食べれば大丈夫と考える人もいますが、アニサキスアレルギーはタンパク質によって起こるので万全ではありません。

効果がある方法は、70℃以上または60℃で1分以上の加熱か、マイナス20℃(家庭用冷凍庫は一般にマイナス18℃)で24時間以上の冷凍で、幼虫は死滅します。自分で釣る場合は魚から速やかに内臓を取り除いたり、幼虫を目で確認して除去したりすることも有効です。

養殖魚にほぼいない理由

アニサキス症は古くからあった病気ですが、原因がアニサキス(線虫)の幼虫であると確定したのは1962年、オランダにおいてでした。日本での最初の症例報告は1964年です。

寿司や刺身など、魚の生食を嗜好する日本では、諸外国に比べて多数のアニサキス症が発生しています。厚生労働省によると、昨年のアニサキスによる食中毒の報告は344件で、食中毒の原因としては4年連続で最多となっています。

アニサキス症の最初の報告以来、これまでに全世界で確認されているアニサキス症の90%以上は、日本での症例です。

アニサキス症への対応は、古くからの食文化の違いにも現れています。

国内では、サバを生食する地域と生食を避ける地域が分かれています。福岡の郷土料理には、マサバの刺身を胡麻とタレであえた「胡麻サバ」があります。けれど、関東では生食は避ける傾向があります。

東京都健康安全研究センターの鈴木淳氏らは、日本海側と太平洋側ではサバに多く含まれるアニサキスが別種であることを突き止めました。さらに、日本海側に多いアニサキス・ペグレフィは内臓に留まりやすく、死後に内臓から筋肉に移動した個体は約0.1%でしたが、太平洋側に多いアニサキス・シンプレックスでは約10%が筋肉に移動したしたという研究もあります。つまり、日本海側の福岡では、サバの刺身を食べても比較的リスクが少ないと言えそうです。

ちなみに、養殖魚にはアニサキスはほぼいないと考えられます。特に濾過した海水を使う閉鎖式陸上養殖で、卵から人の手で育てた完全養殖の魚を、冷凍餌・乾燥餌で育てれば、生きたアニサキスが混入する可能性はほとんどありません。北海道では天然のサケを冷凍のルイベや加熱のちゃんちゃん焼きで食べますが、寿司のサーモンはほぼ養殖物なので生食が可能です。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

メキシコは利下げ打ち止め近い=中銀総裁

ワールド

豪、16歳未満SNS禁止法の順守状況巡り大手各社を

ビジネス

2月完全失業率は2.6%に改善、有効求人倍率1.1

ワールド

米国防長官のブローカー、イラン攻撃前に巨額の防衛関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思われるドローンの攻撃を受け大炎上
  • 4
    アリサ・リュウの自由、アイリーン・グーの重圧
  • 5
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 6
    初の女性カンタベリー大主教が就任...ウィリアム皇太…
  • 7
    ビートルズ解散後の波乱...「70年代のポール・マッカ…
  • 8
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 9
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 10
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 1
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 5
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 6
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 9
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 10
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story