コラム

犬猫マイクロチップ装着の3つの利点 他の動物、人間の埋め込み状況は?

2022年06月07日(火)11時25分

とはいえ、気性が荒い馬の特徴確認は危険を伴います。特にレース前は神経質になっているので、確認するために馬を止めると蹴ったり立ち上がったり、メンコ(覆面)の下を見ようとすると噛みついてきたりすることも少なくありません。マイクロチップの導入は、人や馬の怪我のリスクを軽減し、より簡便で確実な個体識別を目指して行われました。

イギリス、韓国、南アフリカなどでは、1999年の産駒からマイクロチップの埋め込みが導入されました。日本では2007年以降に国内で生まれた競走馬は、マイクロチップの埋め込みが義務化されています。

ちなみに、日本の国番号(392)と馬の動物番号(11)を有するISO規格のマイクロチップを装着された初めての馬は、2006年7月に埋め込まれたディープインパクトでした。フランスでは、2006年からすべての出走馬にマイクロチップ装着が義務付けられたため、この年の凱旋門賞に出場するための措置でした。

10万人以上がすでにマイクロチップ装着か

ここまで動物の例を見てきましたが、人間のマイクロチップの埋め込みは現在どのような状況でしょうか。

人間が最初にマイクロチップ装着を試みたのは1998年でした。英レディング大学のケヴィン・ウォリック教授は動物用のマイクロチップを自分自身に埋め込んで、世界的な話題になりました。

商業的に広まったのはここ10年内のことです。近年、データの書き換えが容易にできるNFCマイクロチップが登場して、クレジットカード代わりにキャッシュレスで買い物ができたり、国によっては交通系ICカードのように電車に乗れたりするようになり、用途と利便性が拡大したからです。

サンケイビズによると2018年9月の時点で、日本では約30人が自己責任でマイクロチップを埋め込んでいたと言います。同時期(18年5月)のAFP通信は、スウェーデンでは3000人以上がマイクロチップを埋め込んでいると報じています。現在は、世界で10万人以上がマイクロチップを装着していると予測されています。

マイクロチップはスマホや財布のように紛失する可能はなく、顔や指紋よりも安全性の高い認証手段だと考えられています。しかし、膨大な個人情報を常に身に付けている状態とも言え、セキュリティは万全か、利便のためにどこまでリスクを負えるのかという問題が残ります。

今回の「犬と猫のマイクロチップ義務化」を受けて、次は人間に対してマイクロチップの装着が強制されるのではと、懸念する声もあります。人に対して本人の承諾なしに行うことは、まずあり得ません。けれど、次世代技術をどこまで受け入れられるのかは、各々が先を見越して考えておいたほうがよいかもしれません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story