コラム

100年ぶりの新しい細胞分裂様式「非合成分裂」は教科書を書き換えるか?

2022年05月17日(火)11時25分

有糸分裂や減数分裂は、19世紀末から20世紀初頭にかけて顕微鏡下で発見されました。今回、中央研究院の研究グループが主張する「非合成分裂」は、実に100年以上ぶりの新しい細胞分裂の様式です。

DNA複製を伴わないのは、効率的に細胞の数を増やすため?

研究グループは、ゼブラフィッシュを使った実験中に、偶然新しい細胞分裂を見つけたと話します。

ゼブラフィッシュは、成長しても体長5センチほどの魚です。卵は1ミリ、幼生は5ミリ程度で、ヒトを含む脊椎動物のモデル動物として発生・再生などの研究に多く利用されています。飼育が容易なだけでなく、卵から孵化までの過程で胚が透明で観察しやすい、多産かつ世代時間が短い、人為的な遺伝子操作もやりやすいなどの特長があります。

表層上皮細胞は、皮膚細胞で一番外側にある細胞です。外部からの物理的障害などに対抗するために、バリアとして働きます。過酷な環境にさらされるために傷つきやすく、常に新しい上皮細胞が供給されて体表を守ります。古くなった上皮細胞は垢として剥がれ落ちます。これまでは、表層上皮細胞自身は細胞分裂をせずに、新しく作られたものと入れ替わると考えられてきました。

ところが、研究グループが幼生の表層上皮細胞の全体を観察するために細胞を1つずつ色分けすると、細胞分裂が観察されました。この細胞分裂では、1個の細胞が最大で2回分裂し、4個に増えました。さらに分裂の前後のDNAを調べると、DNA複製を伴わない「非合成分裂」をしていることが分かりました。

有糸分裂も減数分裂も、DNA複製によって自分の遺伝情報を子孫(新しい細胞)に伝えることが目的です。他ではない己の遺伝情報を後代に受け継ぐことは、生物の究極の目的と言えます。では、なぜ、ゼブラフィッシュの表層上皮細胞では、DNAの複製を伴わない特殊な細胞分裂が行われているのでしょうか。研究グループは「幼生の急激な成長に対応するため、急いで細胞を増やすためではないか」と予想しています。

細胞分裂の前にDNA複製の過程がある場合、その分、時間が余計にかかります。幼生の身体の体積が増えるスピードが早いと、皮膚の表面を覆う細胞も急いで増やさなければなりません。そこで表層上皮細胞では、DNAの複製を止めて効率的に細胞の数を増やすことにした、と考えられます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、日韓などアジア歴訪 中国と「ディ

ビジネス

ムーディーズ、フランスの見通し「ネガティブ」に修正

ワールド

米国、コロンビア大統領に制裁 麻薬対策せずと非難

ワールド

再送-タイのシリキット王太后が93歳で死去、王室に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 4
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 5
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 6
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 7
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story