コラム

「スナドリネコ」と「スナネコ」はどう違う? 展示施設で会える希少なネコたちの生態

2022年03月15日(火)11時25分

イリオモテヤマネコは、国立科学博物館、沖縄こどもの国(沖縄市)などで飼育実績がありますが、残念ながら現在は一般公開をしている施設はありません。西表野生生物保護センターでは、交通事故個体などを保護することがありますが、手当の後に野生に戻すことを目的としているため、人馴れを防ぐために公開はしていません。

いっぽう、日本では長崎県対馬のみに分布するツシマヤマネコはベンガルヤマネコの極東地域の亜種で、約10万年前に当時陸続きだった大陸から渡ってきたと考えられています。対馬の他には、モンゴル、中国大陸北部、東シベリア(アムール川流域)、朝鮮半島に生息しています。体長や食性はイリオモテヤマネコとほぼ同じです。

1971年に国の天然記念物、1994年には国内希少野生動植物種となりましたが、イリオモテヤマネコと同じ特別天然記念物には未だ指定されていません。生育頭数は2000年代前半の調査で80~110匹で、「環境省レッドリスト」では当初から絶滅危惧IA類(IUCN分類の「深刻な危機(CR)」に当たる)に分類されていました。つまりツシマヤマネコは、イリオモテヤマネコと比較して絶滅危惧の可能性は高いものの、日本固有種ではないために希少性は低く見られてきた歴史があります。

ツシマヤマネコで特筆すべきことは、飼育施設が多いことと繁殖に成功していることです。井の頭自然文化園(東京都武蔵野市)、よこはま動物園ズーラシア(横浜市)、京都市動物園、福岡市動物園など10施設で約30匹飼育されており、施設は一般公開や繁殖に取り組んでいます。

動物展示施設での野生動物の飼育、公開は、「人間の都合で施設に連れてきて、動物の本来の生活や権利を奪っている」と批判もあります。けれど、近年の動物園や水族館は、なるべく本来の生態に近い展示方法にしたり、世界中の施設と連携して希少動物の種の保存や野生動物の保全にも力を注いだりしています。家庭で飼育できそうに見える小型ネコなどの小動物では、見て満足してもらってむやみに飼おうと思わないようにする「抑止効果」もあるかもしれません。

新型コロナのまん延防止措置は18都道府県で21日まで延長されましたが、次回、動物園や水族館に足を運ぶ時は、花形の大型獣以外にも目を向けてみると新発見があるかもしれません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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