コラム

なぜ世界最高峰の医学誌BMJはクリスマスにハジけるのか?

2021年12月14日(火)11時30分

英語にも「血の凍るような(bloodcurdling)」という言葉があることに、まず親近感を持ちます。被検者数は少ないですが、有意(確率的に偶然とは考えにくく、意味があると考えられる)と言える結果が出たのは素晴らしいです。満月や13日の金曜日など、人々が気にしそうなホラー要素のある要因を消去したことをわざわざ言及することで、より冴えた面白論文となっています。

3. 『全部捕まえろ!ポケモンGOと若者の身体活動』(2016年、キャサリン・ヒュー氏ら)

ポケモンGOをプレイすることで、ゲームインストール後から6週間までの歩数がどのように変化するかを検証しました。被検者はアメリカにおけるアマゾンメカニカルターク参加者18~35歳で構成される1182名で、インストール前4週間の1日歩数とインストール後6週間の1日歩数を比較しました。

結果は、「トレーナーレベル5」まで到達した560人(47.4%)について、インストール前4週間で1日平均4256±2697歩歩いていたところ、インストール後初週で平均955歩、歩数が上昇しました。ただし、その後5週間かけてゆるやかにこの上昇幅は減少していき、インストール後6週間までにインストール前のレベルに戻りました。

ポケモンGOプレイヤーか否かの線引を「トレーナーレベル5」というゲーム用語でするところが、読者のツボをつきます。ゲームプレイヤーが最初の1週間は夢中に歩き回ってポケモンをゲットし、熱意が徐々に薄れていき、6週間後には日常に戻る。切なさを感じますが、「ゲーマーあるある」を如実に現した論文ではないでしょうか。

4. 『航空機からジャンプした時、死亡や主要外傷を予防するパラシュートの装着』(2018年、ロバート・イー氏ら)

パラシュートを装着と非装着の状態で飛行機からジャンプする、ランダム化比較試験です。2017年9月~18年8月までの期間で、18歳以上の92名の航空機乗客のうち同意した23名について、パラシュートあるいは空っぽのバッグを背負ってもらい、飛行機からジャンプしてもらいました。着陸直後に地面に衝突したときに観察された、死亡あるいは主要外傷を調べたところ、パラシュート装着と未装着には差がなかったという結果が得られました。

ただし、この実験は止まっている飛行機で行われ、平均0.6メートルの高さから飛び降りるものでした。イー氏らは「今回の実験ではパラシュートの装着効果はなかったが、高い高度からのジャンプについては慎重に解釈する必要がある」と結論に書き添えました。

歴代のクリスマス特集で「最もスベっている論文」と揶揄されるジョーク論文です。けれど、添えられた写真で見る限り被検者が楽しそうに実験に参加しているので、科学に親しんでもらう目的では成功したのではないでしょうか。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、エプスタイン文書の公開支持 共和党議員

ビジネス

高級ブランドのリシュモン、7―9月期は14%増収

ワールド

中国輸出規制でイットリウムが不足、新たなレアアース

ビジネス

米共和党州司法長官、ユニオン・パシフィックのノーフ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story