悠久のメソポタミア、イラクでの日々から
がん患者を生み続けるイラクの石油開発
私の暮らしていたイラクという国では、石油資源というものが国の生存に欠かせないものとなっています。
世界銀行の統計を見ても、イラクから輸出されるものの内で99%が原油が占め、その巨額のオイルマネーは国家歳入の85%に達し、イラクのGDPの42%を原油の輸出だけが占めるに至っています。
しかし今年の夏、BBCの調査によってこのイラクが持つ黒いダイヤが、イラク市民の健康に多大な被害を与えているということが明らかになりました。しかもイラク石油省はこの問題を認識していたにも関わらず、無視して人々への認知を怠っていたというのです。
今回はこのBBCの報告を詳しく紹介するとともに、日本に暮らす私たちの責任も考えたいと思います。
石油資源の開発が起こすイラク市民の健康被害
BBCの調査によって見つかったイラク政府の文書によれば、イラク南東部に位置しイラク最大規模の油田地帯をもつバスラ県において、精製施設の近くに暮らす人たちの白血病発症率が、それ以外の地域の人たちに比べて20%も上昇するとのデータが確認されたそうです。
これは油田地帯で石油を精製する時に発生するガスを燃やすフレアリングを行った結果、発生する二酸化炭素やメタン、黒煤に人々が日常的に晒されていることが原因と見られています。
イラク政府は法律で、人々が暮らす地域から10km圏内で油田開発を行うことを禁止していますが、BBCの調査では最短で集落から250mの場所に精製所が作られたケースもあったとのことでした。
国連はイラク市民の健康被害を軽視した開発に対して警鐘を鳴らしており、これら精製施設に近い区域をSacrifice Zone(犠牲区域)と名付けました。
この「犠牲区域」という言葉はもともと、1970年代のアメリカにおける資源開発で黒人などの低所得者の集住地域が大きな健康被害を受けたことで生まれました。しかし今年に入ってから国連の報告書でもこの言葉はしばし使われるようになり、このように低所得者が住むエリアでの資源開発と健康被害問題にフォーカスする際に使用されています。
BBCの調査では、実際にこの地域に暮らす人々の中での健康被害が周知の事実となっていることも浮き彫りになりました。
ある青年は自分の暮らす地域を「墓場」と表現し、同世代の友人にも多く白血病患者がいることをレポーターに伝えていました。
別の記事ではある医師の言葉も紹介しており、これら大気汚染という人災が引き起こしたがん患者の増加を「第二の広島である」と表現していました。
これらの報告に対して、イラク石油相は油田開発とがんの発症に関する関連を一切否定する声明を出しました。また石油省の職員に対しても石油開発と健康被害に関して語ることを禁止する緘口令を敷いたとのことです。
しかしイラク環境省は石油省のコメントに真っ向から対峙し、健康被害の存在を認めるコメントを出しています。
私自身、イラクではがん患者と関わる仕事に従事していたので、この報告書は他人事とは思えませんでした。
白血病という診断を受けた当初は普通の子と変わらないくらい元気だった子どもたちが日に日に弱っていき、最後は骨が浮き出て自力でっは歩くことができず、最後は呼吸もままならずに苦しみながら死んでいく姿を見てきた身として、この石油省の態度には憤りを隠せません。
今回のBBCの調査では英国のBPとイタリアのエニが告発の対象となっていました。両社とも市民からの告発に対しては無視を貫いており、イラク政府が真剣に動かなければこの態度を動かすのは難しいでしょう。
翻って私たち日本の石油開発企業もイラクには入っており、今日もどこかでフレアを燃やしながら石油を生産し続けています。
冒頭で述べた通り、イラクは自国の石油に極度に依存しており、現実的にイラクが石油開発から脱却をするのは当分難しいでしょう。
しかし私たちが日本で使用するための石油資源が原因でイラク市民が健康被害を受け、亡くなり続ける事実には真摯に向き合い、最大限の保障と対策を講じてほしいと思います。
私たちが燃やす原油が原因で人々が亡くなる現実に、日本にる私たちももっと向き合うべきではないでしょうか。
著者プロフィール
- 牧野アンドレ
イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。
個人ブログ:Co-魂ブログ
Twitter:@andre_makino