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悠久のメソポタミア、イラクでの日々から

牧野アンドレ|イラク

電車も高速バスもないイラクでの移動事情

©筆者撮影

日本で暮らしていると、東京や大阪などの大都市圏に住んでいる人は電車や最近では自転車が移動のための主な手段に。そしていわゆる地方に住んでいる人にとっては、路線バスなどもありますが基本は車が移動のための足になるでしょうか。

本当に交通の便が悪い地域では一家に一台ではなく、一人一台の車を持つ家庭もあるかと思います。

日本では住む地域によって日常の移動手段が変わってきますが、イラクに暮らしていると、特に外国人として暮らしていると基本的に移動は車かタクシー、遠距離の移動の際は乗合タクシーや飛行機という手段が使われてきます。

今回はイラクの交通事情、そしてそれがどういう変化を遂げ、またどういった変化を今後していくのかを考えたいと思います。

    

日常での移動と都市間の移動

大都市に暮らす人も郊外に暮らす人も、イラクで間違いなく一番使われる移動手段は個人所有の車です。

ちなみに他の中東の国だと、女性が一人でタクシーに乗ることも躊躇するということを聞いたことがありますが、少なくとも私の暮らすエルビル市内ではほとんど聞くことがありません。ただこれはエルビルがイラクでも最も宗教的にもリベラルな場所の一つで治安的にも問題がないことが理由にあるかと思います。

恐らく、他のイラクの街や都市ではこの点事情が異なるかもしれません。

私のように仕事で使える車があるけど、週末はタクシーを使うという外国人も一定数いるかと思います。

タクシーには日本であるようなメーターが付いていないので、いちいち行き先を告げて価格交渉をする必要があります。イラク国内に限っていえば外国人だからとぼったくられることは少ないのであまり心配はいりませんが、たまに高級住宅街やレストランから出発して先に価格交渉をしないと200-300円相場より多めに請求されることがあります。(まあそれでも可愛いものですが)

ちなみにエルビル市内ではCareem(カリーム)という配車アプリを使うこともでき、現地語のできない外国人にとっては価格交渉をするめんどくささから解放されてきています。配車アプリを使ったことある方ならご存じのように、利用者が運転手を評価するシステムもついてるので、運転も比較的丁寧です。

個人的には車内ではゆっくり外の景色を見たい人なので、運転手がしつこく無駄話をふっかけてこないことにも満足しています。

また車を所有しない人の都市間の移動ですが、乗合タクシーを使うことが一般的です。

北部のクルディスタン地域内ではクリーム色のセダンのタクシーを(トヨタや日産が多いです)、首都バグダードに行くにはGMの大型SUVの乗合タクシーがあります。

長距離の移動の折、前の方の座席は少し多めに支払うと座れます。例えば東部のスレイマニヤ市に行く際は3時間半くらいの旅になるので、500円くらい払って前の席に座らせてもらいます。

中東でも他の国に行けば都市間を結ぶ電車があり、なくても長距離バスがあるかと思います。私が暮らすエルビル県では市内と郊外の村を繋ぐマイクロバスは存在しますが、都市間を結ぶ大型バスなどは現状存在しません。

もちろん、大都市圏を繋ぐ飛行機は存在しますが、価格も高いことから一般市民のための足とは言えず、イラク国内の移動は車や乗合タクシーに委ねられています。

    

雪道での壮絶な体験

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©筆者撮影

私がイラクに暮らすようになる以前、一度北部のクルディスタン地域を旅行で訪れたことがありました。

その際には都市間の移動で上述の乗合タクシーを駆使しして移動していました。

この時は旅程も終盤に差し掛かり、東部の街スレイマニヤからエルビルに戻る乗合タクシーに乗っていました。

季節は1月の下旬。皆さんがイラクという国を想像すると、灼熱の砂漠を想像することが多いかもしれません。実際、私も過去のブログでイラクの厳しい夏の生活を何度も紹介してきました。

ただここイラク北部の山間では冬季は雪も降り、イランやトルコとの国境地帯は豪雪地帯としても有名です。

スレイマニヤからエルビルに戻る幹線道路は少し標高の高い地域も通っており、運が悪いと大雪に遭遇します。そしてこの日はちょうどその運の悪い日でした。

スレイマニヤ市を出発した際は小雨だったものが、山道に入るに従い徐々に雪に、そして街の気配が全く無くなった頃には大雪になっていました。

そしてしばらく走ると、登り道で渋滞が起きていました。拙いアラビア語で同乗者に聞いてみると、前方で大型トラックがスリップし、道を塞いでいるとのことでした。

1時間ほどタクシーは立ち往生し、やっと車が動き出したと思ったら今度はそこら中で車が雪にタイヤを取られて動き出しません。

イラクでスタッドレスタイヤなど使っている人がいないので、当たり前といえばそうでした。(チェーンは持っている人はいるそうです)

さあ今度は登り道に詰まっている車を全て動かす必要が出て、男たちが順番に車を押し上げていきます。

私も周りの人たちと一緒に数台の車を押し上げました。

そして最後に自分たちのタクシーを押し上げてなんとか山道を脱出。予定より3時間遅れでエルビル市内に帰ってきました。

幸い、防寒着はたくさん持って来ていたので寒さは大丈夫でした。また、車を押している最中、お茶を配っているおじさんがいて温まることができました。

イラクの寒さの中で、イラクの人たちの温かさに触れることもできた瞬間でした。

     

電車移動の再開に向けて

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昔は「市民の足」だった鉄道 ©筆者撮影

イラクと移動インフラを語る上で、外すことのできない悲しい事実があります。

それは、「昔の方が現代的であった」という矛盾した現実です。

この写真にもある通り、イラクは旧フセイン政権の崩壊や過激派組織ISISが勃興する前までは、(クルド自治区を除く)イラクの各都市を結ぶ鉄道網が存在していました。

これらは20世紀初め、委任統治領としていた英国の資本により作られたものです。

写真はバグダードと北部の都市モスルを結ぶ線路でしたが、長い戦乱と混乱を経て今では最近再開された週数回の貨物輸送のみに使われています。

現在、イラクでは南部のバスラとバグダードを結ぶ路線のみ、原油の輸送と並行して旅客鉄道が存在します。これは2014年に完成し中国製の車両が使われ週に3日だけ運行されています。鉄道は存在しているとはいえ、まだまだ「市民の足」と言うには程遠い現状があります。

また北部のクルディスタン地域ではここ数年、都市間を結ぶ高速道路の建設ラッシュが起きており、都市間の車での移動は格段に楽になりました。

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クルディスタン地域の高速道路 ©筆者撮影

イラクの中央政府もここ最近、シリアやトルコとも結ぶ高速鉄道の計画も発表しており、移動手段の多角化を目指しています。

過激派組織ISISの脅威も減り、ここ数年は戦乱が続いた過去30年とは違う状況へと変化をしつつあるイラク。

今後もこの安定が続き、市民生活の改善にも繋がることを期待しています。

    

 

Profile

著者プロフィール
牧野アンドレ

イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。

個人ブログ:Co-魂ブログ

Twitter:@andre_makino

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