悠久のメソポタミア、イラクでの日々から
パスポートランキング1位の国民が、111位の国に住むということ
毎年8月頃になると、海外に住んでいる日本人をたちを中心にある話題が会話のテーマに上がることがあります。
それが英国のコンサルティング会社であるHenley & Partners が毎年発表するHenley Passport Indexというランキングについてです。
こちらは同社が199ヵ国のパスポートの「強さ」を、世界227の国・地域へのビザなし渡航(事前の入国ビザ申請の必要がない渡航)の可否をもとに判定するというランキングです。
ここ2005年から毎年継続されており、日本でも毎年一時的にニュースになります。
今日はこのパスポートランキングをもとに、日本人がイラクに暮らすということの意味を考えたいと思います。
ランキングの中身
2022年のHenley Passport Indexのランキングによれば、一位は日本で193の国・地域へのビザなし渡航が可能となっています。
日本はこれで5年連続でパスポートランキングで一位となりました。
興味があったので逆に日本人が事前のビザ申請が必要な国を調べたところ、オセアニアではナウルのみ、中東ではシリアとイエメン、北中南米ではキューバのみ、欧州地域ではロシアのみ、アジアではアフガニスタン、ブータン、北朝鮮、トルクメニスタン、そしてアフリカ諸国ではケニアやアルジェリアなど24ヵ国で未だにビザ申請が必要となっています。他地域に比べてアフリカ各国でのビザ免除の広がりへのポテンシャルを感じます。
2位は韓国とシンガポールで192ヵ国。上位3ヵ国がアジアの国が独占しているというのは少し意外に感じるかもしれませんが、近年はアジアの国がランキングを上げてきています。
しかしそこから下の一桁順位ではEU経済圏のある欧州各国やカナダ、オーストラリア、ニュージーランドが占めており、いわゆる先進国がランクインしています。
その中でも今年注目されたのは、ウクライナのランキングでした。前年は44位であったウクライナでしたが、ロシアによる同国侵攻の影響で欧州各国がウクライナ市民に対するビザ免除を発表。その影響で今年は35位にまで一気に順位を上げています。
逆に下位の国は中近東の国々で占められており、最下位(112位)は混乱の続くアフガニスタン。同国は27の国・地域へのビザなし渡航が可能です。
「どうすれば欧米に移住できるか?」
前置きが長くなりましたがここからが本題です。
イラクに住んでいると、たまに同僚や友人から「○○に行ったことはあるか」や「○○とはどういう場所なのか」としばし聞かれることがあります。私も日本で生まれ育っているのでこの○○の部分が日本になることも多いですね。私自身のルーツの関係からドイツについて聞かれることもあります。
私自身、旅を多くしてきた訳ではありませんが、それでも大多数のイラク人よりは間違いなく様々な国に行ったと言えます。
それもそのはず、イラクはこのパスポートランキングでアフガニスタンの一つ上である111位、29の国・地域にのみビザなし渡航が可能だからです。
「ビザなし渡航が可能」と書いていますが、実際はビザ申請のために大金を払って(イラク人はしばしば保証金の支払いを求められます)申請しても数ヵ月待たされるか最終的に申請が却下されるということもあります。この事実を初めて知った時、だいたい行きたいと思う国のビザの申請は必要のない日本のパスポートを持つ私自身と全く直面している世界が違うことを突き付けられました。
日本人が「海外旅行で○○行ってくる」の選択肢はイラクの人々にはほとんど存在しないのです(もちろん富裕層はガンガン欧州旅行に行ってますが)。イラクの周りの友人たち(一般市民)は、ビザのいらないイラン、または観光ビザが取りやすいトルコに行くことが多いです。しかしそれ以外の旅行先はほとんど聞いたことがありません。
日本好きの同年代の友人たちは「いつか日本に行きたい」とよく話してくれますが、現状観光ビザは厳しい審査があります。昨今の航空運賃の高騰(日本までの往復には30万円ほどかかります)でさらに旅行はしにくくなっていますが、イラクの友人たちが日本に行くにはそれ以上のハードルが存在しています。
たとえイラクの財界の大物であってもビザ申請にはかなり煩雑な手続きが存在する中で、一般市民の観光のためのビザはとても取得が難しいのが現状です。
ちなみに日本人がイラクに入国するためには到着時のアライバルビザの取得が必要になります。無料ではありませんが、事前のビザ取得は必要ありません。
北部のクルディスタン地域では長く日本も含め欧米数ヵ国に対してビザフリーの政策をとっていましたが、首都バグダードを含めた中央政府地域では長い手続き期間を経ての事前のビザ取得が必要となっていました。
しかし2021年3月にイラク政府が政策を変更し、中央政府地域への入国でもアライバルビザの取得ができるようになりました。イラク政府としてはこの決定を通し外資系企業の誘致を進めたい思惑があると考えられます。ビザ取得の時間がなくなることは大きな一歩でした。
私は自由に世界中を移動することができ、イラクという国に暮らしていますが、逆にイラクの人々にその自由はありません。以前の記事で米国への移住が決まった老人のお話しを紹介しましたが、同僚や友人たちからも「どうすれば日本や欧州へ移住することができるか」という質問はよくされます。
それほど多くの若者たちがこの国に対する絶望をしています。しかし彼らは簡単に国の外にすら出られないのです。これは正直、3年以上イラクに暮らす私でも理解が難しい現実です。そしてイラクという国に暮らしている私も、このパスポートという紙切れの持つ力についてよく考えさせられます。
ビザなし渡航という点では世界一位のパスポートを持つ日本と下から2番目に位置するイラク。
私はまたこのパスポートという名の紙切れの力に頼り、今日もイラクでの生活を続けていきます。
著者プロフィール
- 牧野アンドレ
イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。
個人ブログ:Co-魂ブログ
Twitter:@andre_makino