悠久のメソポタミア、イラクでの日々から
「年に272日」という試算も...砂嵐が蝕むイラク市民の生活
少し遅めの春の訪れであった今年のイラク北部のクルド自治区。
例年、5月はすでに汗ばむ天気になるのですが、今年は外でも気持ちよく過ごせる日々です。
ただここ数日は日中30℃を越すことも増えており、長く暑い夏が目前に迫っていることも感じています。
砂嵐が多発するイラク
昨年は雨季の雨不足が原因による夏場の水不足が懸念されていたイラクですが、今年は砂嵐という別の問題が侵食しています。
イラクでは4月から5月半ばにかけて既に8回もの大規模な砂嵐・砂塵嵐が観測されています。特に首都のバグダード一帯は被害が深刻で、今季最初の被害が3月初めに観測され約1,500人が入院したのを皮切りに、5月5日に起きた砂嵐では全土で約5,000人が呼吸困難が理由で病院に搬送され治療を受け、一人の死亡が確認されています。
その後5月16日にも大規模な砂嵐が発生。イラク保健省の発表によれば全土で約4,000人が治療を受けたとされています。
砂嵐は交通機関も麻痺させており、全土で視界不良のため交通渋滞が多発。バグダードに加え北部のアルビルや東部のスレイマニヤ、南部のナジャフの空港も度々封鎖される事態になっています。
砂嵐に含まれる微塵は喘息やその他の循環器系疾患を引き起こすだけでなく、細菌やウィルス、農薬といった身体に害をなす物質の拡散にも繋がり健康被害を増大させます。
イラク保健省は高齢者や呼吸器疾患を持つ人たちに外出を控えるよう呼びかけるとともに、学校や公機関を臨時公休とすることで被害を抑えようと試みています。
砂嵐は隣国のクウェートやイランでも観測されており、イランの首都テヘランでも16日の深刻な砂嵐にてWHOが推奨するガイドラインである空気中のPM2.5値25㎍/m3の6倍にあたる163㎍/m3が計測されました。
私自身、4月の初めにアルビル市内でも観測された砂塵嵐の規模は初めてものでした。今まで中東で暮らしてきた中で度々砂嵐は経験してきました。しかし数十メートル先の視界も遮られ、窓も閉め切っているのに部屋の中に塵がつもり口の中も砂の味がする感覚。これは全く初めての体験でした。これだけ一日にうがいをした日も初めてでした。
この日は週末であったため私は外出をする必要はありませんでした。しかしこの天気でも外で仕事をしなければならない日雇い労働者の人たちを窓から見て、貧富の差が健康の差を確かに生んでしまう現実を実感しました。
「今後は年間272日が砂嵐に」という試算も
イラクで砂嵐が起きることは珍しくありませんが、今年は特に被害が酷いと言われています。砂嵐は土壌劣化、干ばつや気候変動が原因による雨不足が複合的に起きることによりもたらされており、対策に特効薬は存在しません。
この度重なる砂嵐に関連して、イラク環境省も「今後20年間、イラクは最悪年に272日もの砂塵嵐を経験するようになり2050年には年に300日にまで増えるだろう」と警鐘を鳴らしています。
イラクの毎年にも渡る水不足問題は危機変動だけに原因があるのではなく、隣国であるトルコやイランとの水分配に関する問題(主に上流に設置されるダムの問題)やイラク国内における水管理の問題が原因でも、対処が全くできない訳ではありません。特に農地を管理するための灌漑技術は古く、多くの水を無駄にしていると言われています。
ただし同時に、国連環境計画(UNEP)の報告にあるようにイラクは世界で5番目に気候変動の影響を受ける国とされています。気温の上昇は世界的な平均に比べイラクでは最悪7倍のスピードで上昇すると見られています。また昨年11月には国際通貨基金(IMF)が別のレポートにてイラクは2050年までに降水量が現在から10%減少、そして利用可能な淡水が20%減少すると報告しています。
ユーフラテス川、チグリス川という古代から大河の恩恵を受け、今日では世界最大の産油国の一つでもあるイラクですが、国民の1/3が貧困に喘ぎ最も気候変動の影響を受けると見られる地域でもあります。
今後、この状況が悪化するようであれば紛争からの復興を進める市民の生活はさらに苦しいものとなり、水資源を巡る新たな火種にもならないかと危惧しています。
著者プロフィール
- 牧野アンドレ
イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。
個人ブログ:Co-魂ブログ
Twitter:@andre_makino