信じ難く美しいぶっ飛びオナラ映画『スイス・アーミー・マン』
主演2人の力演がいい
お下劣さといい、死体をいじり倒す点といい、嫌悪感を持たれてもおかしくないし、意図的にそれを狙った節もある。だがこの作品で長編映画デビューを果たした脚本・監督コンビのダニエル・クワンとダニエル・シャイナートは、全編オナラ・ギャグ映画をあり得ないほど美しい作品に仕上げた。
視覚的なギャグから抒情性あふれる挿話へと軽やかに変化し、希望の翼を広げたかと思えば、底知れぬ不安と痛恨の念が観客の胸に突き刺さる――まさに変幻自在の展開だ。
めまぐるしくアングルを変えるカメラが不意に静止してハンクとメニーの繊細な触れ合いを映し出すとき、観客は「なんでこんなに」と思うほど心を揺さぶられて息をのむだろう。
この映画の奇跡は、ダノとラドクリフの演技に負うところも大きい。作り込んだ怪演で知られるダノだが、作り込まなくてもいかれた味が出せる役柄にようやく出会えたようだ。
そしてラドクリフ。「死体の演技がうまい」というのは褒め言葉ではないだろうが、あえて言いたい。実にうまい。いかにも死体らしい硬直した感じは緻密に計算されたものだろう。腐臭漂う死体そのものなのに、何ともいとおしく感じてしまう。
ダノもラドクリフも屈辱的なまでの汚れ役に果敢に挑んでいる。男優2人の肉体的な密着度でも、この映画の濃密さはちょっと異常だ。腐敗しかけた死体を背負って森を歩き回るハンク。設定上、同性愛的なニュアンスは避けられないが、映画はそれを避けようとはしないし、ダノとラドクリフも男同士の愛情を堂々と表現している。
そこに至るまでがぶっ飛んでいただけに、ラストはややありきたりに感じられるかもしれない。だが、最後に放たれる魔法のようなオナラがすべてを謎のベールで包む。このとびきり独創的な映画では、オナラ・ギャグが聖なる力を秘めている。
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© 2017, Slate
[2017年9月26日号掲載]