ロヒンギャを襲う21世紀最悪の虐殺(前編)
破壊されたロヒンギャの村を歩く少年 Sof Zeya Tun-REUTERS
<祖国ミャンマーでやまない民族浄化、そこから逃れた異国でも続く「無国籍難民」の知られざる苦悩>(本誌2017年3月28日号掲載の特集記事より転載)
ホロコースト――言わずと知れた第二次大戦中のドイツ・ナチス政権による国家的・組織的なユダヤ民族の迫害と殺戮のことだ。だが、国家的・組織的な民族迫害は過去の歴史ではない。今もアジア、それも民主化したはずのミャンマー(ビルマ)で起きている。この国で続く悲劇は現代のホロコーストと言える。
その犠牲者はロヒンギャ。ミャンマー南西部のラカイン州を主な居住地とするイスラム系少数民族だ。国民の95%を仏教徒が占めるミャンマーにおいて宗教的少数派だが、古くからこの地に暮らす。にもかかわらず、軍事政権が「ミャンマー人」を定義した82年の国籍法によって無国籍状態に置かれ続けている。
その結果、政府や軍による暴行や強奪、殺戮の対象となり、祖国を脱出する人々が後を絶たず、「世界で最も迫害されている人々」とも呼ばれる。
実際、迫害から逃れるため外国を目指すロヒンギャ難民は拡大の一途をたどる。しかし、ようやく故郷を逃げ出した彼らを待つのが密航業者の「奴隷船」と「難民収容所」だ。
15年には、ロヒンギャ難民をすし詰めにした船が海上で密航業者に放置され、漂流する事件が発生した。多くの場合、ミャンマーから目的地のタイまで船旅で長時間かかる。その間、灼熱の太陽にさらされ、食事は少しの米だけ。水もわずかしか与えられず、餓死すれば海に捨てられる。
たどり着いたタイ国内の密林の収容所で、男性のロヒンギャ難民は暴行、女性はレイプされる運命が待っている。タイの漁船で奴隷労働を強要される実態も発覚した。
難民受け入れやイスラム差別、不法移民の国外追放......現在、世界で政治問題化しているあらゆる悲劇を抱え込んだような存在ゆえ、ロヒンギャは難民問題として報道される。だが、本当に深刻なのは、ミャンマー政府がロヒンギャを標的に進める民族浄化策だ。
新たに始まった残虐過ぎる民族浄化
15年の総選挙で、ノーベル平和賞受賞者でもある民主化運動リーダーのアウンサンスーチーを事実上の元首とする新生ミャンマーが船出した。軍事独裁政権に別れを告げ、民主化したはずの新政府だが、スーチーと与党・国民民主連盟(NLD)はロヒンギャ迫害を止めようとせず、虐殺行為は今も続いている。
直近の悲劇は昨年10月に始まった。「ロヒンギャ武装集団による国境警官の殺害事件」を口実に、ミャンマー政府軍がラカイン州で攻撃を開始。ロヒンギャが住む3つの村で合計430の住居が軍隊によって破壊され、村全体が焼き打ちを受けた。衛星写真に映る襲撃後の村は住居が消え、更地のようになっている(下写真)。
軍に焼き打ちされる以前のロヒンギャ居住区(上)とその後 (c)HUMAN RITGHTS WATCH
焼き打ちから逃れた村人が国連の調査団に語った当時の生々しい様子は、筆舌に尽くし難い。