最新記事

人工脳

ヒトの脳の学習プロセスを模倣した、人工シナプスが開発される

2017年4月12日(水)16時15分
松岡由希子

sitox - iStock

<仏国立科学研究センター(CNRS)らの研究チームによって、ヒトの脳の学習プロセスから着想を得た人工シナプスが開発された。従来よりもエネルギーを要さず、自律的に学習できる。人工知能システムはさらに発展しそうだ>

脳の仕組みや働きを解析する脳科学の進化やコンピューター科学の発展などに伴って、近年、人工知能の研究開発がより活発化してきた。とりわけ、ヒトの脳の情報処理の仕組みをソフトウェアで仮想的に実現する『人工ニューラルネットワーク(ANN)』は、特定の事象についてデータ解析し、その結果から傾向を学習して判断や予測を行う『機械学習(マシン・ラーニング)』の手法のひとつとして知られているが、そのプロセスには、膨大な時間とエネルギーを要するのが現状だ。

仏国立科学研究センター(CNRS)とボルドー大学、パリ第11大学、ノルウェーのIT企業Evryらの研究チームは、2017年4月、英科学誌『ネイチャー』において、『メモリスタ』と呼ばれる人工シナプスを開発したことを明らかにした。この人工シナプスは、ヒトの脳の学習プロセスから着想を得て設計されたもので、従来よりも時間やエネルギーを要さず、自律的に学習できるのが特徴だ。

【参考記事】「チップ上の心臓」を3Dプリンタで製作:ハーバード大が世界で初めて成功

一般に、ヒトの脳には無数のニューロン(神経細胞)が存在し、これらが結びつくことによって、情報が伝達されたり、記憶したりしている。そして、ニューロンをつなぎ、情報伝達に一役買っているのがシナプスだ。シナプスへの刺激が大きければニューロンの結びつきが強くなり、学習がすすむというメカニズムになっている。

研究チームでは、このようなシナプスのメカニズムを模倣し、二つの電極で強誘電体層を挟み込んだ『メモリスタ』を開発した。『メモリスタ』の抵抗は、電圧パルスによって調整され、その抵抗が低ければ結びつきが強くなり、抵抗が高ければ結びつきは弱くなる。このように抵抗が調整されることによって、『メモリスタ』が自律的に学習していくというわけだ。

cp_ia_biomem.jpg

Image Credit: Sören Boyn/CNRS/Thales physics joint research unit

この研究では、『メモリスタ』の開発そのものにとどまらず、その学習能力を説明する物理的モデルを構築した点も大きな成果としてあげられる。とりわけ、より複雑な回路を開発する際、この物理的モデルの成果は、大いに役立つだろう。

人工ニューラルネットワークの学習プロセスの大幅な改善が期待される『メモリスタ』は、今後、その機能の最適化に向けて、さらなる研究開発がすすめられるとみられている。近い将来、人工知能システムが、ヒトの脳と同等、もしくはそれ以上の学習能力を備えるようになるのかもしれない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米テキサス州洪水の死者43人に、子ども15人犠牲 

ワールド

マスク氏、「アメリカ党」結成と投稿 中間選挙にらみ

ビジネス

アングル:プラダ「炎上」が商機に、インドの伝統的サ

ワールド

イスラエル、カタールに代表団派遣へ ハマスの停戦条
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中