地べたから見た英EU離脱:昨日とは違うワーキングクラスの街の風景
だから、「大企業や富裕層だけが富と力を独占するようになるグローバリゼーションやネオリベや緊縮は本当に悪いと思うけど、それを推進しているEUには残りましょう」と言っても説得力がなく、そのジレンマで苦しみ、説得力のある残留の呼びかけができなかったとしていよいよ退任を迫られそうなのがジェレミー・コービンだ。
「貧困をなくし、弱者を助ける政治を目指す」と高らかに言って労働党党首に選ばれた人が、グローバリゼーションと緊縮財政のWパンチで「移民の数を制限してもらわないと、賃金は上がらないし、家賃は高騰するし、もう生活が成り立ちません」と訴えている当の貧民たちに、「そんなことを言ってはいけません。自由な人の移動は素晴らしいコンセプトです」と言っても、いまリアルに末端で苦しんでいる者たちには「はあ?」になる。
離脱派のリーダーはいなかった
UKIPのナイジェル・ファラージが喜々として勝利宣言を行い、「今日は国民の休日。英国の独立記念日だ」などとまたキャッチーなことを言っていたが、ガーディアンのジョン・ハリスは全国津々浦々のワーキング・クラスの街を離脱投票前の1週間取材し、「労働者階級の離脱派を率いているのはUKIPのファラージでも保守党右派のボリス・ジョンソンでもなく、人々のムードそのものだった」と気づいたそうだ。左派ライターとして知られる彼も、ワーキングクラスの街を回るにつれて自らの考えが揺らいできたことを認めている。
このワーキングクラスのムードの根底には何かきわめて重大なことがあるのではないかと気づいている左派の人々でさえ、まだ彼らのことを、「自分たちとは違う思想の人々に率いられて崖っぷちに向かっている愚衆。もっと物をわかってくれたら」と考えたがっている。だが、僕が会った人々は実のところ誰にも率いられていない。僕の経験から言えば、これらの人々のほとんどは、ファラージやボリス・ジョンソンを、残留派の人々と同じぐらいに懐疑的な目で見ている。
僕たちは二つのことを覚えておかねばならない。まず、EUから離脱したい人々の多くは、自由な人の移動がもたらせた結果について心配し、怒っているのだということ。(中略)二つ目は、ファラージやジョンソンがEU離脱を利用して、生き残りたければ自分で何とかするしかない社会へのスピードを加速化しようとすれば、おそらくそれについていくだろう労働者階級の人々もいるということだ。
僕は喜んでこんなことを書いているのではない。僕は近代の保守主義を憎悪するし、残留に票を投じるつもりだ。だが、左派が復権するためには、こうしたことを胸に刻んで行動することが今後は必須になるだろう。
出典:Guardian:"The UK is now two nations, staring across a political chasm" by John Harris
緊縮財政と「自由な人の移動」は致命的なミスマッチだ。この二つは合わない。
なぜなら、その犠牲になるのは末端労働者たちであり、英国の場合、この層はいつまでも黙って我慢しているような人々ではないからだ。
子供を学校に送った帰り道、車の上に4本聖ジョージの旗をたてている近所の離脱派の中年男性が車内に掃除機をかけていた。
「離脱だったね。大変なことになるってテレビも大騒ぎしてる」と言うと彼は言った。
「おう。俺たちは沈む。だが、そこからまた浮き上がる」
残留派のリーダーたちにはこのおじさんや郵便配達のお父さんや、ストリートのリアルな生活者の姿が見えていなかったのである。
[執筆者]
ブレイディみかこ
在英保育士、ライター。1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。2016年6月22日『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)発売。ほか、著書に『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。