最新記事

英語

ネイティブの英語はなぜ世界でいちばん通じないのか

英語のネイティブは国際語としての英語が苦手で、国際的な環境で働き慣れた人たちからも理解してもらえない

2016年3月7日(月)20時45分
スペンサー・ヘイゼル(英ノッティンガム大学研究員、応用言語学)

ビジネスでも損 我を通すばかりのネイティブは海外の同僚たちに距離を置かれてしまいがち Rawpixel Ltd-iStock.

 言語はよく、社会統合の基礎だと囃される。人は言葉ができて初めて、地域社会に溶け込むことができるのだ、と。

 デービッド・キャメロン英首相が今年1月、英語学習に2000万ポンド(約32.6億円)の補助金を出すと発表したのも、言葉ができずに疎外された移民が過激思想に走らないようにするためだ。米共和党の大統領候補を目指すドナルド・トランプも、移民はアメリカ社会に同化し英語を話せと要求している。

 だが、人やモノが容易に国境を超えるようになった今、問われているのはむしろ、アメリカやイギリスで生まれ育った「ネイティブ」たちの英語力だ。世界中の多様な人々からなる国際的なコミュニティで、ネイティブたちは「英語」を適切に話せているだろうか?

 英語を母国語とする人は、多くが外国語を話せないことで悪名高い。これは仕事のハンディになるだけでなく、貿易の妨げにもなることが知られている。

 皮肉なことだが、国際ビジネスにいちばん適応できずにいるのは、環境に応じて自分の英語を変えられない英語の「ネイティブ」たちだということが、数々の研究で明らかになっている。英語は、ビジネスはもとより高等教育や国際協力などに使われる国際語だが、調査によると、ネイティブたちは国際語としての英語が苦手だ。母国語の上に胡坐をかいている場合ではないというのに。

不可解な苦境

 英語を母国語とする人は、自分が不可解な苦境に立たされていることに気づく。世界では誰もが英語を話すと聞いていたのに、いざ海外に来てみたら、同僚も取引先も自分の英語を理解してくれない。

 ビジネス言語としての英語についての調査研究の中で、デンマークに住むイギリス人は次のように語っている。

「(デンマークで)仕事を始めたとき、イギリスにいるときと同じように普通に英語を話していたら、周りの人たちに通じなかった」

 このイギリス人と共に働くデンマーク人たちは、様々な国から来た人と英語で仕事することには慣れている。問題は、英語を母国語とする人たちのほうだ。欧州各国からやってきた人々と英語で仕事をすることに慣れたスペイン人の学生は、「今では本物の英語を理解するほうが難しい」と、研究者に語っている。

 そもそも「本物の英語」とは何か、という問題もある。そこには、イギリスのリバプールやニュージーランドのウェリントン、南アフリカのヨハネスブルクからアメリカのメンフィスまで、目まいがするほど広範な、あらゆる種類の方言が含まれているのだ。

コミュニケーションの機能不全

 日本で働くアメリカ人マネジャーは、彼が依頼した「大よその数字(ballpark figure)」を日本人部下がなぜ持ってこないのか理解できない。"ballpark figure"はアメリカのビジネスでは1日に1回は必ず出てくるほどの頻出単語だが、外国人にはそれがわからない。こうしたコミュニケーション不全が続けば、互いに不信感が募る。海外を行き来するネイティブには、自国の文化や言外の意味、ジョークがまったく通じないと、しまいには怒りと疑念を抱くなるようになる。

 一方、英語を母国語としない国から来た同僚たちから見れば、英語しか話さない英語ネイティブは努力不足に見える。英語を難なく操る英語ネイティブが隣りにいると、職場での地位を奪われそうに感じる。英語ネイティブが自分の言語能力を利用してうまく立ち回ろうとしているのではないか、と疑うようになる。

 筆者が最近日本で会った国際的な企業連合の幹部によると、彼や海外パートナーたちは、アメリカ人とイギリス人のパートナーたちが英語でまくしたて合うような会議では、なるべく口を出さないようにしているという。その代わり、会議の後に個別に意見交換や意思統一を図る。会議でさんざん喋りまくった英米人は、その中に入れてもらえないのだ。

 これは深刻な問題だ。英語ネイティブ、なかでも他の言語を習得していない人は、ブレストであれ転職であれ、大事なビジネスチャンスを逃しているかもしれない。国際的な英語のコミュニケーションに何が必要とされるか、基本的な理解が欠如しているためだ。

 その点、紀行作家のピコ・アイヤーは、さしずめ国際コミュニケーションの達人といえるだろう。以前、彼は著書の中で、イギリス人の友人が京都にアイヤーと彼のパートナーを訪ねたときのことについて書いている。「私たちはまったく重要でない会話から始めた。私は、イギリス人の友人と日本人のパートナーの英語のやりとりを、英語から英語へと素早く通訳した」

 自分と同じような相手と働くのがはいちばん楽だという英語ネイティブは、英語ネイティブでない相手から距離を置かれる可能性がある。

 キャメロン首相やトランプ氏のような政治家もここから教訓を学ぶべきだ。英語を第二、第三、第四言語として話す人たちの問題ばかりを強調するより、英語を第一言語とする人々が海外で直面する問題に備える授業を行う方が賢明だ。

 スコットランドの詩人ロバート・バーンズの以下の言葉を心に留めておきたい――それを理解できるのならだが。

「神よ、人がわれらを見るごとく、
  己れを見る力をわれらに与えたまえ」

 英語を母国語としない人にとって、自分の話す英語がどれだけ奇異で理解不能か、ネイティブは彼らの立場になって自分を知り、配慮する必要がある。それが、国際コミュニティーの良いメンバー、そして魅力的なビジネス・パートナーになる第一歩だ。

Spencer Hazel is Research Fellow of Language and Social Interaction, University of Nottingham

This article was originally published on The Conversation.

The Conversation

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは142円後半、日米財務相会談後の急

ワールド

焦点:米鉄鋼産業の復活へ、鍵はトランプ関税ではなく

ビジネス

商船三井、米ワシントンに拠点開設 地政学リスクの高

ワールド

ウクライナ首都に夜間攻撃、9人死亡・70人以上負傷
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 2
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学を攻撃する」エール大の著名教授が国外脱出を決めた理由
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 6
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 9
    トランプの中国叩きは必ず行き詰まる...中国が握る半…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「iPhone利用者」の割合が高い国…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 7
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中