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京都市の大胆な実験

2015年12月29日(火)07時45分
待鳥聡史(京都大学大学院法学研究科教授) ※アステイオン83より転載

 したがって、四条通の工事は明らかな政策転換を示す動きだといえる。一般にはほとんど知られていないと思われるが、近年の京都市は目指す都市像を大きく変えている。具体例としては、商店が掲出する屋外広告物に対して強い規制をかけたことや、大規模な交通規制を伴う祇園祭の「後祭」を復活させたこと、現在はいったん下火になっているようだが、市電の復活についても本格的な検討と社会実験を行ったことなどが挙げられる。

 嵐山や銀閣寺といった特定の観光スポットだけではなく、通常「洛中」として意識されているエリア、すなわちJR東海道線・新幹線より北で、おおむね東大路通・北大路通・西大路通に囲まれる地域については、東京や大阪との差異化を徹底して「京都ブランド」を前面に押し出し、その価値を最大化する政策をとっているように見える。

 なぜ、このような転換が図られたのだろうか。一つには、日本社会全体の理念の変化があるだろう。市電の廃止を決めた高度経済成長期やビル高層化を容認したバブル期は、東京を模倣することこそが大都市の目標だと考えられていた。道路や地下鉄の整備、土地の高度利用などは、その行政的手段だったのである。一九九〇年代以降の経済的停滞は、環境保護や伝統的な生活様式の価値を見直すことにもつながっており、経済成長を通じた「東京のような発展」への政策的オルタナティヴが準備されたのであろう。

 もう一つには、政策転換が経済にもプラスになる、という認識が生まれたことも大きいように思われる。市電や町家の価値を訴える人々は、高度経済成長期やバブル期にもそれなりに存在していた。彼らの主張が多数派に受け入れられなかったのは、結局のところ、それでは京都市は衰退してしまうではないか、という懸念に十分な反論ができなかったためであった。

 しかし、「東京のような発展」の挫折と停滞に加え、東京圏在住の富裕層などが京都に特別な価値を認めるようになったことは、事態を大きく変えた。東京の縮小相似形に過ぎない町は、東京の人々には魅力はない。彼らは「東京とは異なった大都市」を京都に見出すからこそ、観光に訪れ、さらにはセカンドハウスを購入するといった行動に出るのである。海外からの観光客にも同じことがいえる。短い日本滞在期間中に京都を訪問地として選んでもらうには、東京との差異化は明らかにプラスの効果を持つ。

 こうして、政策理念としてのオルタナティヴが形成され、それが経済的利害とも整合したときに、新しい政策を自らの強みにしようとする政治家が登場した。その中心にいるのが、現在の門川大作・京都市長である。ほとんどの公式行事に着物姿で登場するこの市長の下で、ここに述べてきた政策転換の多くは進められた。その大胆さは、市の教育畑を歩んできた堅実そうなキャリアからは想像しがたい。それに平仄(ひようそく)を合わせるように、京都市議会は「京都市清酒の普及の促進に関する条例」(通称・日本酒乾杯条例)を議員提案で成立させた。宴席での乾杯を日本酒でしましょう、という理念のみの条例だが、京都の独自価値を強めようとする志向においては共通する。

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