最新記事

サイエンス

人肉食が予防した不治の病

かつて人肉食で親類縁者を弔っていたパプアニューギニアのフォレ族にプリオン病の抵抗遺伝子が見つかった

2015年6月12日(金)17時49分
ダグラス・メイン

致死性の病 09年のBSE問題で輸入牛肉の規制解除に反対する台湾市民 Nicky Loh - REUTERS

 20世紀初頭の時点で、パプアニューギニアの少数民族フォレ族には、死んだ仲間や家族の死体を食べる弔いの習慣があった。身体だけではなく、脳も食べた。フォレ族はそのお陰で、彼ら特有の「クールー病」に対する抵抗力を身につけていたことがわかった。

「クールー病」は、人間の牛海綿状脳症(BSE)にあたるクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)と同じく、悪性のタンパク質プリオンによって引き起こされる。脳内にプリオンが蓄積されると筋肉の動きに異常が起こり、認知症を発症して最終的には死に至る。

 患者の神経組織を食べなければ、この病気に感染することはない。だがフォレ族は、仲間の死体の脳を食べることで知らぬ間に病気に感染していた。

 しかし人肉食の習慣は、1つ良い効果をもたらしていた。フォレ族の多くが、クールー病やCJDに抵抗力を持つとみられる遺伝子変異をもっていたのだ。科学雑誌「ネイチャー」に今月発表された研究で、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(UCL)のジョン・コリンジの研究チームは、フォレ族から見つかった遺伝子変異をネズミに移植した。すると実験対象のネズミには、クールー病だけでなく2つのタイプのCJD(自然発生に起こるタイプとBSEの牛を食べて感染するタイプ)への抵抗力が生まれた。

人間で確認できたダーウィンの進化論

 フォレ族の全員ではないが、多くがこの遺伝子変異をもっている。もし人肉食の習慣が1950年代以降も続いていたら、すべてのフォレ族にクールー病に抵抗する遺伝子が広がっていただろうと、研究チームは推測する。

「これはダーウィンの進化論が人間で確認できる顕著な例だ。プリオンに感染することで、不治の認知症を予防する遺伝子変異が引き起こされた」と、コリンジは国営オーストラリア放送の取材に語っている。

 コリンジの研究チームは、遺伝子変異がプリオン病を防ぐメカニズムを引き続き研究している。プリオン病の治療法が見つかるかもしれない。イギリスでは、2000人に1人がCJDの保因者とみられている(実際に発症するのはその一部)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:欧州中小企業は対米投資に疑念、政策二転三

ワールド

カイロでのガザ停戦交渉に「大きな進展」=治安筋

ビジネス

NY外為市場=ドル全面安、週内の米指標に注目

ワールド

デンマーク国王、グリーンランド訪問へ トランプ氏関
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    トランプの中国叩きは必ず行き詰まる...中国が握る半…
  • 8
    体を治癒させる「カーニボア(肉食)ダイエット」と…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    【クイズ】米俳優が激白した、バットマンを演じる上…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 8
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中