最新記事
中国社会上海シニアが押し寄せる老後の理想郷
人間関係が希薄になった都会を離れ、田舎の村で足湯とマージャンの日々
仲間と一緒 シニアたちはマージャンなどを通じて温かなコミュニティーを築く Carlos Barria-Reuters
中国の若者も、都会に出れば田舎には戻らない。農村部に残された高齢者は約5000万人。中国の新聞は長年、老いた親たちの暮らし向きへの懸念を示してきた。この7月には、親元へ頻繁に通うことを子供に義務付ける法律まで施行された。
だが、中国の田舎も悪いニュースばかりではない。高齢者向けの保養地だった人里離れた内陸部の村に今、上海など沿海部の大都市からシニア層が押し寄せている。
慌ただしい都会の暮らしを逃れたい高齢者が求めるのは、より広い家、緊密なコミュニティー、そして親の面倒を見る子供(もちろん一人っ子だ)の負担を減らすこと。江西省温湯もそんな人々がやって来る場所だ。
温湯の中心部にある温泉は、毎朝6時のオープンとともにお年寄りでいっぱいになる。足湯をしながら上海語で陽気におしゃべりするのが彼らの日課だ。
都会にはないコミュニティー
今日の話題はこの夏の上海での異常な暑さ。「ゆうべ娘が上海から電話してきた。温湯ではエアコンなんか要らないと言ってやったよ。羨ましがらせようと思ってね」。周囲は爆笑の渦に包まれた。
「温湯の一日は足湯から始まる」と、上海から来たチャン・ターツァイ(60)は言う。40年連れ添った妻のワン・フーメイも同じ意見。昨年、夫妻は温湯にマンションを買い、先月初めに改装を終えたばかりだ。
チャンは大勢で足湯をするのが好きだ。「家で足湯をやっても楽しくない。夫婦2人だし、水道管で引いてきたお湯はいまひとつぬるくてね」
10年ほど前から、温湯は上海シニアの間で人気だった。実際に移住を決めたのは600人近く。公務員や教師を引退した人もいれば、上海郊外の再開発計画で立ち退き料が入ったのを機に引っ越しを決めた人もいる。
この小さな理想郷を誰が最初に見つけたかは分からないが、温湯の温泉が高血圧や高脂血症、糖尿病に効くという話は口コミで広まっていた。シュイ・シウファンも効能抜群という話を聞いてやって来た。さらにシュイの体験談を聞いて、10人の「兄弟姉妹」が温湯を訪れた。
温湯には井戸端会議をしやすい雰囲気がある。「温湯の人たちはいつも笑顔を交わしている。知らない人にも親切だ」と、ワンは言う。「同じマンションに暮らす7家族で食事を分け合い、マージャン卓を一緒に囲む。みんな助け合っているし、退屈もしない」
離れて暮らす子供からは心配の声も
「今の暮らしのほうが間違いなく上海より快適だ」と、チャンは言う。上海では毎朝5時に起き、息子夫婦と孫の朝食を作った後、孫を幼稚園に送っていた。妻は家事に追われる毎日だった。
「先のことも考えていた」と、チャンは言う。「若い世代の生活は厳しい。若夫婦は4人の親と子供の面倒まで見ないといけない。もっと年を取ったときに、子供らの重荷になりたくない」
だが、チャンの息子は納得していない。「崑山(上海の北西にある江蘇省の都市)あたりならいいが、電車で24時間もかかる場所だなんて。万が一病気になっても、すぐに行けないじゃないか」
彼と同じような意見は中国版ツイッターで多く見掛ける。「温湯のような山間の地域では、医療設備も十分ではないし、高齢者が暮らしやすいインフラも整っていない。そんな所に親を住まわせるのが果たして正解だろうか」というコメントもあった。
だが、温湯の高齢者は人生を楽しんでいるように見える。人間関係が希薄になった寒々しい都会を離れ、温かく落ち着ける場所にたどり着けたからだろう。
From thediplomat.com
[2013年9月24日号掲載]