最新記事

中国社会

人気ボトル水「有害」騒動の本当の意味

また起きた品質問題が示す中国食品業界の深過ぎる病根

2013年5月29日(水)14時51分
ふるまいよしこ(フリーライター)

食品二重基準 ボトル水の安全基準は水道水だが、水道水は「直接飲んではならない」が常識 CDIC-Reuters

 中国でまた食品不安をあおる事件が起きた。今度は国内シェアトップのボトル入り飲用水「農夫山泉」。浙江省などの湖の深層水を使った中国初の天然水を売りにする製品で、食品に不安を感じている人たちの選択肢だった分、衝撃は大きかった。

 大騒ぎになったのは4月初旬、北京の日刊紙「京華時報」が「農夫山泉の水質基準は水道水にも劣る」と大きく報じてから。報道の趣旨はこうだ。

「農夫山泉のラベルには浙江省が定めた地方基準を遵守していることしか明記されていない。浙江省基準が定めるヒ素、セレンなど5つの有害物質のレベルは国家基準の水道水基準よりも緩い。つまり農夫山泉は水道水の基準すら満たしていない」

 農夫山泉側はすぐに「ラベル記載は義務付けされていない」と反論。国家基準、地方基準、業界基準、自社基準の4つの基準を守っており、5つの有害物質の含有量は浙江省基準どころか国家基準を大きく下回っているとする浙江省飲用水品質検査センターのリポートを公開した。

 だがその後も京華時報によるバッシングは続く。農夫山泉は「ライバル会社がわれわれを北京市場から追い出すために仕組んだ罠だ」と、ある競合ブランドを名指しで批判。このあたりから、これは品質の問題なのか錯綜する基準の問題なのか、さらには地方市場のシェア争いなのか分からなくなってきた。

 実は農夫山泉の品質は少し前から問題視されていた。上海の経済紙「21世紀経済報道」は3月、農夫山泉のボトル水から「黒い浮遊物」が発見されたこと、湖北省にある水源の1つの近辺に生活ゴミが大量に集積していることなどを報じた。

 今回、京華時報が明らかにしたのは、ボトル入り飲用水に適用される基準が複数存在する問題だ。国とは別に地方基準が存在する場合、その根底には各地域の現地企業優先主義、つまり排他的な市場抱え込みの意図がある。一方で、地方の生産基準に準じた製品がその他の市場に流れ込む場合、管理基準はどうなっているのか分からない。消費者にとって気になるその点を、京華時報は突いた。

 中国の食品安全法が定める罰金は最大で10万元(約160万円)で、「状況が深刻な場合は生産停止あるいはライセンス取り消し処分」とある。08年に明らかになった有毒物質メラミンのミルク混入事件では、明らかな被害を出したと証明された地方企業だけが「お取りつぶし」になり、有名乳業ブランドは罰金のみで放免になった。そこにも人々は二重基準を見ている。

 国が水道水基準をうたいながら、実際には水道水が「直接飲んではならない」と認識されるとおり、すべてに二重基準が存在するのがこの国の常だ。

■根回し不足が原因か?

 この騒動の陰で、一部メディアから「農夫山泉の手落ちはどこにあったのか」という声も上がる。中国のビジネスにはいわゆる根回しが必須。「これほど執拗な攻撃を北京のメディアから受けるのは、農夫山泉が北京飲用水市場の誰かの逆鱗に触れる失策を犯したからではないか」という見方が出始めている。

 今月初め、農夫山泉は北京で記者会見を開き、「尊厳を守るため北京市場から撤退する」と宣言。敵は北京市場関係者であることを示唆した。続いて共産党機関紙の人民日報が「農夫山泉のサンプリング検査は合格率100%」という記事を掲載し、政治的なにおいすら漂い始めた。

 消費者の「安全な食品」への思いとはまったく別の方向に進む今回の問題。あらゆるところで混乱を招くこの国の二重基準は、いつまで続くのだろうか。

[2013年5月28日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、国民に「直接資金還元」する医療保険制度

ビジネス

MSとエヌビディアが戦略提携、アンソロピックに最大

ビジネス

米失業保険継続受給件数、10月18日週に8月以来の

ワールド

中国過剰生産、解決策なければEU市場を保護=独財務
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中