最新記事

中国政治

北京のスモッグは共産党独裁への脅威

大気汚染が史上最悪レベルに達した北京。危ぶまれるのは住民の健康だけでない

2013年1月31日(木)12時57分
ジェフリー・ワッサーストロム(カリフォルニア大学アーバイン校教授)

命の危険も スモッグのかなたにかすむ北京の観光名所、紫禁城 BEIJING/Pollution; Weather

 ロサンゼルス育ちという私の経歴が、中国の専門家という仕事に役立つことはめったにない。だが、北京の大気汚染が記録的なレベルにまで悪化したことを伝えるのにプラスになったことは確かだ。

 子供の頃にロサンゼルスで経験した最悪のスモッグでさえ、北京のそれに比べれば大したことはない。ここ数年、北京の空気は息をするのが苦しいほどだったが、今月中旬にはついに最悪のレベルに達した。

 北京のアメリカ大使館は大気汚染度を測るのに、500を上限とするAQI(大気質指数)を使っている。この指数では301以上が「危険」とされるが、12日にはそれをはるかに超え、大使館の非公式の測定では800に達した。ブルームバーグは、11日に心臓発作で病院に搬送された患者が倍増したという心臓病専門家の発言を伝えた。

 ロサンゼルス育ちの私は、大気汚染の影響が健康問題にとどまらないことを知っている。60〜70年代のロサンゼルスではスモッグが不動産市場にも影響し、海岸沿いの住宅は価格が高かった。ビーチに近いだけでなく、海から吹く風で空気がきれいという理由からだった。

 北京の大気汚染も意外な影響をもたらしている。中国共産党は自らの正統性を示すため、党の指導の下で国が繁栄し、市民生活はあらゆる面で着実に向上していると言ってきたが、その説得力も薄れてきた。大気汚染の悪化だけではなく、メラミン入りの粉ミルクが出回るなど食の不安が高まったり、汚染物質を垂れ流す工場が増えたりしているためだ。

 共産党は毛沢東の時代から、指導層は腐敗と無縁で、国民の貧富の差をなくすために尽力することを党是としてきた。だが汚職や縁故採用のスキャンダルが相次ぎ、貧富の差が広がるばかりの今、党の基本理念は国民の冷笑を誘っている。

疑問を持ち始めた市民

 党が国民に正統性を認めさせる手段の1つが、中国が外国から屈辱を受けた過去の歴史を強調してナショナリズムをあおることだ。党は国民に対し、中国は1世紀にわたって列強に蹂躙されてきたが、党の力によって世界有数の国家に復帰しようとしていると説いてきた。

 ナショナリズムは、北京五輪の開会式のような祝賀ムードに転じることがある。だが一方で、尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐる問題で日本に見せたような好戦的な姿勢にもつながる。

 共産党は、とりわけ都市の住民が両親や祖父母の世代が夢見た以上の快適な暮らしを送れるようになったと強調してきた。生活水準は向上しており、その恩恵をまだ受けていない住民にもいずれは明るい未来が訪れると説いてきた。

 しかし健康被害への不安が高まり、北京をはじめとする都市部で深刻なスモッグが発生していることから(他の都市のほうが北京よりひどいこともある)、何でも買えるようになることを発展と呼べるのか、と疑問を持ち始めた人もいる。ミルクを与え、外で遊ばせるだけで子供が健康を害するというのはおかしいのではないか? こうした話題が日頃の会話やネット上の掲示板で交わされるようになり、抗議デモにもつながっている。

 政府は疑わしい食品についての報告書を検閲し、近隣のビルまでかすませるような有害なスモッグを最近まで「霧」と表現していた。誰の目にも明らかな危険を覆い隠そうとする政府を信用していいものかと、市民は思い始めている。

 大半の国ではスモッグは環境汚染の危険信号だが、中国のスモッグは党の存在を脅かす危険信号だ。ロサンゼルスでは大気汚染が最悪な日にも、そこまでのことはなかった。

[2013年1月29日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット

ビジネス

米新規失業保険申請、3.3万件減の23.1万件 予

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 10
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中