最新記事

中東

反米暴動に火をつけたイスラム冒涜映画の中身

預言者ムハンマドを侮辱してリビアの米領事館襲撃の引き金となった問題作は、誰が何のために作ったのか

2012年9月13日(木)19時08分
アビー・オールハイザー

イスラムの怒り 武装勢力の襲撃を受けて炎上するリビアの米領事館 Esam Al-Fetori-Reuters

 9月11日、リビア東部ベンガジの米領事館が武装集団に襲撃され、駐リビア米大使のクリストファー・スティーブンスと大使館職員3人が殺害された。エジプトの首都カイロでも同じ日、米大使館の国旗が焼かれる事件が起きた。

 引き金となったのは、イスラム教の預言者ムハンマドを揶揄する内容のアメリカ映画。大使殺害の数日前からイスラム圏の各地で映画に抗議するデモが勃発しており、怒りの炎は事件後もチュニジアやモロッコ、スーダンなどに次々に飛び火している。

 問題の映画を製作したのは、「サム・バシル」と名乗る自称イスラエル系アメリカ人の不動産開発業者。彼はイスラム教の偽善ぶりに注目を集めるために映画を作ったと主張している。

 だが、この男の素性は謎だらけだ。領事館襲撃を受けて姿を消した後も電話で多くのメディアの取材に応じているが、その情報は矛盾に満ちている。ウォール・ストリート・ジャーナルには自分は52歳だと話し、AP通信には56歳だと語っていることからも、その言葉の信憑性に疑問があるのは明らか。そもそも、バシルという人物が実在するのかという疑いも高まっている。

 それ以上にわからないことが多いのが、彼が作ったという渦中の映画『イノセンス・オブ・ムスリムズ(無邪気なイスラム教徒)』だ。今年になって、ハリウッドで一度だけ上映されたが、観客はほとんどいなかったという。

 7月に動画投稿サイトのユーチューブにアップされた13分のトレーラーから判断すると、この映画は預言者ムハンマドの生涯を「風刺的」に描いているようだ。問題は、映画としての価値が極めて低いことだけではない。作品中のムハンマドは小児愛者に寛容で、誤った教えを広めようとする頼りない人物という印象を与える。ムハンマドを侮辱するストーリーの合間には、ひげ面の男たちが中東の街でキリスト教系の病院を襲撃したり、若いキリスト教徒の女性を脅迫して殺害するシーンがちりばめられている。

宣伝担当はお騒がせの反イスラム活動家

 ニューヨーク・タイムズ紙によれば、今になってこの映画に注目が集まったのは、アラビア語のエジプト方言に吹き替えられたバージョンが先週ユーチューブにアップされ、それをエジプトのメディアが報じたためだという。

 少なくとも明らかなのは、この映画が話題になった背景に、映画のPRに奔走するフロリダ州在住の牧師テリー・ジョーンズの存在があることだ。メディアの注目を集める手腕に長けているジョーンズはこれまでも毎年、米同時多発テロが発生した9月11日という象徴的な日を利用して、反イスラムの活動を展開してきた。

 中でも有名なのは2010年9月11日に、イスラム教の聖典コーランを焼却すると脅した一件だろう。結局、翌年の春に自身が牧師を務めるフロリダ州ゲーンズビルの教会でコーランを焼却。これが引き金となってアフガニスタン各地で暴動が勃発し、多数の死者が出た。

 同時多発テロ10周年を迎えた昨年の9月11日は、ニューヨークで反イスラム活動家らによる集会に参加。今年は11月の大統領選に独立系候補として名乗りを上げているが(もちろん勝ち目はない)、目立った活動は控え、主に「言論の自由」の問題に取り組んでいた。

 このジョーンズが「サム・バシル」ではないかという噂も流れているが、真実はまだわからない。

 アラビア語に吹き替えられた際に、内容がゆがめられた可能性もある。一説によれば、オリジナル版の題名は『無邪気なイスラム教徒』ではなく『砂漠の闘士』、「預言者ムハンマド」とされた人物の名は、「マスター・ジョージ」だったという。

© 2012, Slate

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸、日米交渉通過で安心感 海外休場のた

ワールド

ウクライナ第2の都市にミサイル攻撃、1人死亡・57

ビジネス

ENEOS、発行済み株式の10.8%に当たる自社株

ビジネス

午後3時のドルは142円前半でこう着、不透明感強く
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判もなく中米の監禁センターに送られ、間違いとわかっても帰還は望めない
  • 3
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、アメリカ国内では批判が盛り上がらないのか?
  • 4
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 5
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 6
    ノーベル賞作家のハン・ガン氏が3回読んだ美学者の…
  • 7
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 8
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 9
    トランプが「核保有国」北朝鮮に超音速爆撃機B1Bを展…
  • 10
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 7
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 8
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中