最新記事

サイエンス

人種差別は薬で治る精神疾患?

オックスフォード大学の研究者が、心臓病の薬で人種差別意識を緩和できそうなことを発見した

2012年3月9日(金)16時32分

移民排斥にも効く? フランスのロマ人追放政策に抗議する人々 Radu Sigheti-Reuters

 一般的によく使われている心臓病の薬で、潜在的な人種差別意識が改まる可能性がある――そんな研究結果が発表された。

 研究では、交感神経の働きを抑えるベータ遮断薬「プロプラノロール」を服用した人と、プラシーボ(偽薬)を服用した人を比べた。すると前者のほうが、人種的偏見を抱く傾向が少なかったと、英インディペンデントが報じた。

 プロプラノロールは、心拍などの自律的機能をコントロールする神経回路に作用する。同時に、恐れや感情反応に関係する脳の部位にも作用する。そのため不整脈や高血圧などのほか、不安やパニック障害などの治療にも使用される。

 今回の研究結果は、人種差別は「恐れ」に根差すものだという事実によって説明出来るだろう――研究を行った科学者たちはそう考えていると、オーストラリアAP通信(AAP)は報じている。

差別心は誰にも起こりうる

 研究の中心になったのは、英オックスフォード大学の実験心理学者であるシルビア・テルベック博士。彼女はAAPに対し、「われわれが得た研究結果は、脳内で潜在的な人種的偏見が形成されるプロセスについて、新たな根拠を示すものだ。潜在的な人種的偏見は、平等を心から信じている人の中にも存在しうる」

 AP通信によれば、有志参加者18人ずつからなる2つのグループを対象に研究は行われた。一方のグループはプロプラノロールを、他方はプラシーボを服用してから1〜2時間後に、「人種に関する潜在連想テスト(IAT)」を受けた。

 彼らにコンピュータの画面で黒人と白人の写真を見せ、即座に好意的区分か、否定的区分かに分類してもらう実験を行った。するとプロプラノロールを服用した人々の3分の1以上が、「マイナス」の得点を出した。つまり彼らは潜在意識のレベルで、非人種差別主義の方に偏っていた。

 プラシーボを服用したグループでは誰1人として、そうした傾向が表れなかった。

 研究の共同執筆者であるオックスフォード大学哲学科のジュリアン・サブレスキュ教授はAP通信に対し、「こうした研究は、われわれが無意識にとっている人種差別的態度は薬で調節できるという可能性を提起するものだ。その可能性は興味をそそるものではあるが、慎重な倫理的分析を必要とする」と、語っている。

 彼はこう続ける。「人間を道徳的により良くすることを目的にした生物学的研究には、暗黒の歴史がある。それに、プロプラノロールは人種差別を治療する薬ではない。ただ、多くの人がプロプラノロールのような『道徳的』副作用のある薬を使っていることを考えれば、私たちは少なくとも、その副作用がどんなものなのか理解を深める必要はあるだろう」

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ空軍が発表 初の実

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁

ビジネス

大手IT企業のデジタル決済サービス監督へ、米当局が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家、9時〜23時勤務を当然と語り批判殺到
  • 4
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    クリミアでロシア黒海艦隊の司令官が「爆殺」、運転…
  • 8
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 9
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 10
    70代は「老いと闘う時期」、80代は「老いを受け入れ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中