最新記事

潜入ルポ

私が見たシリアの激戦区ホムスの現実

反体制派と政府軍の激しい攻防が続く都市ホムスを極秘に訪れたジャーナリストが目撃した市民の過酷な日常

2012年2月6日(月)14時11分
ジェームズ・ハーキン

戦場と化した町 激戦が続くホムスの市街地には、破壊されて放置された武装車両も(1月23日) Ahmed Jadallah-Reuters

 青年の口ぶりが変わった。シリアの首都ダマスカスから中部の都市ホムス行きのバスに乗り込んだ私に、18歳のモハメドは決然と言った。「降りな、このバス、降りなきゃ」

 5分前に知り合ったばかりだった。荷物を積み込む際に一緒になり、後ろの座席に並んで座った。縮れた黒髪にフード付きカーディガンを着込んだ青年は、昔のフォーク・ミュージシャンみたいだった。

「なぜホムスなの?」

 青年は何度も尋ねた。別に、ただあちこちを旅しているだけさ。私はそう答えた。

 モハメドの顔が曇った。無理もない。ホムスはシリアのバシャル・アサド政権に対する反乱の拠点であり、今は治安部隊との暴力的な衝突が続く非常に危険な場所だ。

 こちらにも、自分の身分を明かせない事情があった。ジャーナリストは原則としてシリア入国を禁じられており、たとえ入れても自由には歩き回れない。ホムス行きのバスに乗ることも、許されるわけがない。私はこの青年をトラブルに巻き込みたくなかった。

「ホムスで観光? そんな人いない」と青年は言い、しばし私に不審の目を向けた。こいつ、何者なんだというように。

 バスのエンジンの回転音が上がった。青年の口ぶりが変わったのはこのときだ。「あなた、危ない。降りな、このバス、降りなきゃ」。この瞬間、青年は私が狂っているか、さもなければジャーナリストだと気付いたのかもしれない。

 乗客の目がこちらに集まり始める。でも、みんな老人ばかりだ。バスは発車し、私は肩をすくめた。だがモハメドは真剣だ。「まだ降りられる。すぐ降りなきゃ」

* * * * *


 それから2時間、私たちは話し込んだ。たぶん私が外国人だからだろう、モハメドは気を許して、あれこれとしゃべりだした。自分はホムスに住み、大学でエンジニアリングを学んでいるが、反政府デモが始まってからは大学に通うこともできないという。

 ホムスは人口100万人ほどの都市だ。ダマスカスの喧騒を避けた人たちがカフェやレストランでくつろぎ、サッカーを観戦しに集まるところだ。

 だが今年3月、経済的な不公平に不満を抱き、さらなる政治的自由を求める人たちが立ち上がり、軍が銃と弾圧で応じた。以来、ホムスは軍に包囲されたような状況にある。街の至る所で知り合いが殺されたり、負傷するといった事件が起きている。「昨日、僕の妹は道で死体を見た。それからずっと泣いていた」

 ババ・アムル地区のことか、と私は聞いた。そこで爆破されたビルや死体の動画がインターネットに投稿されていた。モハメドは言いたいことが伝わらないことにいら立ちながら、言い張った。「いや、そこじゃなくて、どこでもそうなんだ。今に分かる」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ空爆で13人死亡、停戦合意へ調停続く

ワールド

プーチン大統領阻止へ米欧は結束を、ウクライナ大統領

ビジネス

ノルウェー中銀、金利据え置き来年3月利下げを想定 

ビジネス

ドイツの対英輸出、金高騰で急増 対米輸出上回る伸び
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 2
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 3
    遠距離から超速で標的に到達、ウクライナの新型「ヘルミサイル」ドローンの量産加速
  • 4
    「制御不能」な災、黒煙に覆われた空...ロシア石油施…
  • 5
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 6
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 7
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 8
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 1
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式多連装ロケットシステム「BM-21グラート」をHIMARSで撃破の瞬間
  • 2
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いするかで「健康改善できる可能性」の研究
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 6
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 7
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 8
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 9
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 10
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 7
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 8
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 9
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中