「統治も辞任もしない首相」ギリシャにも
アメリカ生まれのパパンドレウ首相には、議会と国民の心を掌握する指導力もデフォルト危機に対処する経済知識もない
指導者失格 誠実な人柄で知られるパパンドレウには首相より大学教授が似合うとの声も Eric Vidal-Reuters
ギリシャのパパンドレウ首相は、父親も祖父もかつて首相を務めたという政界のサラブレッド。だが、ギリシャ政界に半世紀以上に渡って君臨してきた名門パパンドレウ家は今、「退場」の瀬戸際に追い込まれている。
膨大な国家債務を抱え、デフォルト(債務不履行)の危機に直面してから1年あまり。EU(欧州連合)とIMF(国際通貨基金)の支援を得るために数々の厳しい財政再建策を打ち出してきたにも関わらず、ギリシャ財政は再び破綻の縁に立たされている。
国会は6月27日から3日間の予定で、財政再建の中期計画を審議している。EUから次回の融資の条件とされているこの法案が29日の採決で否決されれば、デフォルトに至る可能性が高い。
ギリシャがこの1年間、国際社会からの支援と引き換えに行ってきた歳出削減と増税は、ギリシャ経済を一段と悪化させた。失業者は増え、収入は目減りする一方。緊縮財政に反対するデモ隊が、議会の目の前にあるシンタグマ広場に何週間も座り込んでいる。世論調査で、国家が間違った方向に進んでいると答えた人は87%に達した。
事態をさらに困難にしているのが、欧州諸国の対応だ。EUはギリシャ政界が一致団結して財政再建に取り組まない限り、5回目の融資を行わないと脅しをかけている。7月までに融資が下りなければ、ギリシャはデフォルトに陥る。それなのに、パパンドレウ首相の父親が1974年に創設した与党・全ギリシャ社会主義運動の国会議員の中にも、緊縮財政法案に反対する者がいる。
経済政策の明確なビジョンなし
「手に負えない状態だ」と、政治科学を専門とするエール大学のギリシャ人教授、スタティス・カリャバスは言う。「債務危機は非常に深刻で、そもそも交渉の余地などなかった。政府は過去30年間に行うべきだった経済改革を1年間で実行しなければならなかった」
だが、なりふり構わぬ泥仕合が繰り広げられるギリシャ政界のなかでは珍しく、穏やかな対話を好むパパンドレウは6月中旬、異例の行動に出た。最大野党の党首で米アムハースト大学時代に学生寮のルームメイトだったアントニス・サマラスに、ある提案を持ちかけたのだ。
それは、自らの辞任と引き換えに、法案に賛成し、大連立政権に参画してほしいというもの。だが身内からの助言もあって、パパンドレウは自身の59回目の誕生日に当たる6月16日、大連立構想を撤回した。
ギリシャのエスノス紙によれば、弟のニックが「ジョージ、パパンドレウ家の政治家が辞任したことは一度もない」と諌めたという。「首相は辞任しないものだ」
「父親の後を継いで政治家になったのは、彼自身の選択ではなかったのかもしれない」と、ギリシャで活躍する小説家で評論家のアレクシス・スタマチスは言う。「あまりの重責で、彼には無理だった」
口うるさいユーロ圏の国々と交渉しながら、自国を危機から救う舵取りをするのは困難極まりない仕事だ。しかも、パパンドレウには明確な経済政策のビジョンがなかったと、04〜06年にパパンドレウのスピーチライターを務めた政治経済学者ヤニス・バロウファキスは指摘する。
「パパンドレウは今年、猛スピードで経済学を学ばなければならなかった」とバロウファキスは言う。「彼は今の危機が起きる直前に、首相に選ばれた男だ。04年に首相になっていたら、彼にとっても国民にとっても話は違っていただろう。だがこの危機の最中では、諸外国とうまくやっていく力量さえ失っている」
米ミネソタ州で生まれてアメリカとイギリスで教育を受け、外国語に堪能な社会学者のパパンドレウ。当初はヨーロッパ人とうまく付き合っていける人物と見られていた。外務大臣時代は欧州諸国の大臣たちに好かれ、彼らと親しい関係を築いていた。
反対にパパンドレウが苦労したのは、同じギリシャ人との付き合い方だ。ギリシャ国民は、パパンドレウのことを同胞とは見ていない。カフェインとタバコをこよなく愛する国にあって、パパンドレウは健康志向の強いサイクリング愛好家。プリウスを運転する自然エネルギー信奉者でもある。
熱弁を振るった父とは違い、パパンドレウの演説は穏やかで、人々を鼓舞する迫力がない。好戦的なギリシャ政界では異色だ。ギリシャ国民に向かっての演説より、国際会議で英語で演説しているときのほうが居心地が良さそうにも見える。