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ロシア美人スパイの華麗なる転身
アメリカにひと泡吹かせた危険でセクシーな美女が、元スパイだらけのロシア政府の広告塔として大活躍
美人ではないが 推定スリーサイズから「エージェント90・60・90」と呼ばれるチャップマン(「若き親衛隊」の大会で演説の順番を待つ) Alexander Natruskin-Reuters
昨年6月にFBI(米連邦捜査局)に逮捕され、7月にアメリカを追放されてから半年余り。赤毛のロシア人スパイ、アンナ・チャップマンはいまロシアで最もホットな存在だ。
男性誌でピストル片手にセミヌードを披露したかと思えば、ピチピチの軍服姿でドミトリー・メドベージェフ大統領から勲章を受け取り、テレビにも多数出演。演技に挑戦してみたり、『世界のミステリー』という番組では司会を務めている。
1月末には「アンナ・チャップマン」という名前が商標登録された。「アンナ・チャップマン・ウオツカ」や「アンナ・チャップマン・ウオッチ」といった商品が店頭に並び始めるのも時間の問題だろう。
チャップマンは決してあか抜けた美人ではない。髪形はボリュームがあり過ぎるし、服からブラジャーのひもがはみ出ていたり、ペラペラのイブニングドレスを着たりする。テレビでのインパクトもいまひとつだ。
それでもロシア人が彼女に夢中なのは、チャップマンが「女スパイ」のイメージを巧妙に体現しているからだ。「彼女は危険でセクシーな美女という人々の妄想を体現している。いわば女性版ジェームズ・ボンドの実物だ」と、チャップマンのグラビアを掲載したマキシム誌(ロシア版)のイリヤ・ベズーグリー編集長は言う。
「それに多くのロシア人は、彼女がアメリカ人にひと泡吹かせてやったことを気に入っている。めったにない痛快劇だ」
秘密警察のFSBも色っぽく
チャップマンの飽くなき自己宣伝欲を誰もが快く思っているわけではない。「根強い共産主義者たちは、彼女が男性誌の表紙を飾ったのを見て衝撃を受け、不快感を覚えた」と、ベズーグリーは言う。とはいえ批判派も、彼女が自分を売り込む天才であることは認めざるを得ない。
チャップマンの真の「功績」は、ロシア連邦保安局(FSB)にセクシーなイメージを与えたことだ。FSBといえば、ソ連時代の秘密警察KGB(国家保安委員会)の後継組織。ところがロシアのタブロイド紙はチャップマンを推定のスリーサイズから「エージェント90─60─90」と呼び、その経歴を華々しく書き立てている。
そんな「チャップマン・ブーム」を、元スパイだらけのロシア政府が見落とすはずはない。チャップマンは昨年12月、与党・統一ロシアの青年組織「若き親衛隊」の幹部に就任した。ウラジーミル・プーチン首相がつくった組織で、メンバーはジャーナリストや野党議員への嫌がらせに加担したとされる。
政治家に転身する話もある。チャップマンはモスクワ郊外にロシア版シリコンバレーを建設する計画にも関わっている。メドベージェフ大統領が肝煎りで進めているプロジェクトだ。
つまりチャップマンは、現体制のマスコットになった。「チャップマン・ブランドの人気が高まれば、ロシアのイメージも高まる」と、統一ロシアのセルゲイ・マルコフ下院議員は言う。
彼女の次なる任務は、iPhoneのアプリ「ポーカー・ウィズ・アンナ・チャップマン」の発売(1ドル99セント)だ。高得点者にはフェースブックでチャップマンを友達に追加できる「賞」も検討されているという。
プーチンとチャップマンという世界一有名なロシア人2人が共に元スパイであることは、現在のロシアで主導権を握っているのは誰なのかを雄弁に物語っている。もちろんKGBが「死後」20年で驚くべきイメージアップに成功したことも。
より簡単に言うと、「アンナ・チャップマンの魅力とは、失敗を成功に変えたという物語だ」と、ベズーグリーは言う。それはまさにロシア人が信じたくて仕方がないおとぎ話だ。
[2011年2月23日号掲載]