最新記事

朝鮮半島

北朝鮮「権力闘争」が招いた砲撃事件

北朝鮮による韓国の砲撃は、金正恩の体制固めを口実に軍の強硬派がのさばり始めた証拠だ

2010年11月24日(水)17時34分
横田孝(本誌編集長・本誌国際版東京特派員)、ジェリー・グオ、メリンダ・リウ(北京支局長)、クリストファー・ディッキー

親の愛? 後継体制を強固にするためには砲撃もいとわない(23日、駅で砲撃のニュースを見るソウル市民) Truth Leem-Reuters

 北朝鮮が韓国の島を砲撃し、ここ最近の歴史では初めて民間人の負傷者が出たことで、朝鮮半島は一気に緊迫モードに突入した。韓国は北朝鮮がまた挑発すればミサイル基地を攻撃すると警告。韓国兵は2人が死亡、兵士15人が負傷。民間人も3人が傷を負い、23日に砲撃を受けた韓国領の延坪(ヨンピョン)島の住民は避難を始めた。

 北朝鮮専門家たちに言わせれば、今回の砲撃はアメリカを対話に応じさせ、6カ国協議で譲歩を引き出すための脅迫らしい。大統領府の地下壕にある国家危機管理センターにこの日集まった韓国首脳たちもそう理解しているようだ。外務省のある高官は「彼らが考えていることは誰もはっきりと分からない。だが6カ国協議復帰が関係している可能性はある」と語った。

 本当にそうだろうか。北朝鮮がアメリカを交渉のテーブルに引きずり出すためにこの蛮行に及んだ、というのは若干短絡的な推測だろう。

 むしろ、世界はこれから、金正日(キム・ジョンイル)総書記が父である金日成(キム・イルソン)主席から政権を受け継いだ前回の権力移譲以来、見たこともない強硬策への転換を目の当たりにするだろう。延坪島への砲撃は、46人の韓国兵が死亡した3月の韓国海軍哨戒艦「天安」の沈没事件と同じ海域で発生した。また先週末には、北朝鮮で2つ目のウラン濃縮施設が建設されていることが明らかになった。多くの専門家は北朝鮮軍による3度目の核実験がいつ行われてもおかしくないと考えている。

将軍様が頼り切るタカ派の軍幹部

 今回の攻撃で分かったのは、「将軍様」が最近後継者に選んだ童顔の三男、金正恩(キム・ジョンウン)がすでに「先軍」国家で自身の権力基盤を固め始めたということ。最近の強硬路線は政権を引き継ぐ目前だったころの金正日の動きに似ている。83年、ビルマの首都ラングーンで起きた韓国の全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領の暗殺未遂事件は金正日が指揮したと考えられている。全大統領の暗殺は失敗に終わったが、この事件では韓国の閣僚数名を含む21人が死亡した。

 冷戦時代さながらのやり方への逆戻りは、北朝鮮軍上層部の強硬派が復活したことを意味している。彼らは若い正恩に対する影響力をますます強めている。この2年間、穏健派の外務官僚の代わりに、国防委員会や朝鮮人民軍といった軍事部門が好戦的な声明を繰り返し発表してきた。お得意の欧米や韓国非難を外交官ではなく軍人がするのは、これまでほとんどなかったことだ。

 今回の砲撃も一見、北朝鮮がこれまでアメリカや韓国の注意を引くために行ってきた威嚇と同じように見える。だがこの戦術を機能させる要だった穏健派はすでに蚊帳の外だ。政策決定のカギを握るのは、金正日が頼りにするタカ派の軍幹部たち。北朝鮮の権力構造は急速に変化している。今年9月、軍経験がない正恩に朝鮮人民軍大将の称号が授与された。正恩のぐらつく後継体制を強固なものにするため、金正日は軍幹部たちの世話になっているようだ。

 今回の砲撃事件が起こるまで、メディアは北朝鮮が6カ国協議に復帰すると推測しつづけた。

 しかし、必ずしも北朝鮮に交渉に戻る意志があったようにはみえない。まず歴史的に見て、北朝鮮は政治力が弱体化した国家指導者と取引したためしがない。中間選挙で民主党が大敗したアメリカでも、内閣支持率が政権発足後最低レベルに急落した日本でも指導者は追い詰められている。

 より戦略的に言えば、2012年にはアメリカと韓国とロシアで大統領選があり、中国の胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席が交代する。同年は北朝鮮が「強盛大国の門を開く」年でもある。つまり、6カ国協議に参加するほとんどの国でトップが変わる可能性がある。北朝鮮にしてみれば、この状況で交渉をしても無駄と感じるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マレーシアGDP、第1四半期は前年比4.2%増 輸

ワールド

ニューカレドニアに治安部隊増派、仏政府が暴動鎮圧急

ビジネス

訂正-中国の生産能力と輸出、米での投資損なう可能性

ワールド

米制裁は「たわ言」、ロシアの大物実業家が批判
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中