最新記事

外交

原油と核をめぐるインドのジレンマ

エネルギー確保の点からイランと親密な関係を維持したいインドだが、核問題ではまた別の計算が

2010年9月17日(金)13時26分
ジェレミー・カーン(ジャーナリスト)

 今年5月、ブラジルとトルコはアメリカ政府を憤激させた。国連の対イラン追加制裁決議案の採決直前になって、イランが保有する低濃縮ウランの国外搬出で合意したと発表したからだ。

 アメリカからみれば、それは冷戦時代の非同盟運動への逆行を思わせる行為だった。核不拡散の大義を犠牲にしてまで、先進国と対立する途上国陣営の旗振り役になりたいのか、というわけだ。実際、この両国は国連で、欧米主導の制裁決議案に反対票を投じている。

 そして今、次にイランに接近するのはインドかもしれない。

 バラク・オバマ米大統領が7月に対イラン追加制裁法案に署名したとき、インドのニルパマ・ラオ外務次官は、このような制裁は「インド企業に対して直接的な悪影響があり、エネルギー安全保障や国民生活向上の面でも好ましくない」と指摘している。

 インド政府は以前から、イランにも核エネルギー開発の権利があるという立場を堅持している。政府当局者もたびたび、制裁はイランに核兵器開発を断念させる最善の方法とは思えないと発言、むしろ欧米諸国とイランが交渉を重ねるべきだと主張してきた。

イランを制裁したくない

 イランがペルシャと呼ばれ、インドがムガール王朝の支配下にあった時代からインドとイランは親密な関係にある。さらに近年、インドはイランと関係を深めようとしているが、2つの理由がある。
第1は、インド経済の急激な発展だ。この経済成長で、インドの多くの国民が貧困から脱出することが期待されているが、それにはエネルギーが必要だ。

 イランは現在、インドの輸入する原油全体の約15%を供給している。インドは原油の精製能力を大幅に増やす計画を進めており、完成すればイランからの原油調達量はますます増えるはずだ。

 この1年でも、インド国営ヒンドゥスタン石油はイランからの原油輸入量を3倍に増やした。インドはイランの天然ガスにも注目し、イランのガス田開発のために巨額の投資を行っている。さらにインドへの原油・ガス輸送の重要な拠点として、オマーン湾に面する港湾施設の改修も行っている。

 第2に、インドはアフガニスタン問題でイランと手を組む可能性を探っている。NATO(北大西洋条約機構)軍の撤退後も同国でイスラム原理主義勢力タリバンが一定の影響力を維持する可能性が高まるなか、インドはアフガニスタンがパキスタンの傀儡国家になる事態は避けたい。

 1990年代の内戦の期間を通じて、イランは同じシーア派のハザラ人勢力を支持し、スンニ派でパシュトゥン人中心のタリバンとは距離を置いてきた。インドもパキスタン寄りのタリバンを嫌い、ウズベク人やタジク人の勢力を支援してきた。アフガニスタンがパキスタンの影響下に入るのを防ぐためなら、インドがイランと手を組んでもおかしくない。

 さらにインドは、アフガニスタンに救援物資を送るためにもイランと良好な関係を維持する必要がある。パキスタン経由での物資輸送はあり得ないからだ。

 だがイランとの関係強化というインドの戦略には、大きな壁が立ち塞がっている。イランの核開発計画だ。欧米諸国との良好な関係を維持したいインド政府は、国際原子力機関(IAEA)において2度までも、イランの核開発に反対する票を投じている。

 ラオ外務次官も、国連の対イラン制裁決議はすべて遵守すると約束している。だが制裁対象にはイランの原油をインドに運ぶ両国の合弁事業も含まれており、経済的な打撃は大きいはずだ。
インドとしては制裁の発動を先送りさせたい。アメリカなどの一方的な追加制裁には、訴訟などの法的手段で対抗する可能性もある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:中国「白酒」が西側進出へ、メーカーは販売

ワールド

アングル:300%インフレのアルゼンチン、「主食」

ビジネス

アングル:FRB当局者、インフレ鈍化に安堵 利下げ

ビジネス

NY外為市場=ドル小幅安、PCEデータ受け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:小池百合子の最終章
特集:小池百合子の最終章
2024年7月 2日号(6/25発売)

「大衆の敵」をつくり出し「ワンフレーズ」で局面を変える小池百合子の力の源泉と日和見政治の限界

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    キャサリン妃は「ロイヤルウェディング」で何を着たのか?...「お呼ばれドレス」5選
  • 3
    「地球温暖化を最も恐れているのは中国国民」と欧州機関の意識調査で明らかに...その3つの理由とは?
  • 4
    女性判事がナイトクラブで大暴れ! 胸が見えてもお構…
  • 5
    ミラノ五輪狙う韓国女子フィギュアのイ・ヘイン、セク…
  • 6
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地.…
  • 7
    ロシアの人工衛星が軌道上で分解...多数の「宇宙ごみ…
  • 8
    ガチ中華ってホントに美味しいの? 中国人の私はオス…
  • 9
    あまりの激しさで上半身があらわになる女性も...スー…
  • 10
    「死刑囚だけど、会いたいから行ってるだけ」和歌山…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地...2枚の衛星画像が示す「シャヘド136」発射拠点の被害規模
  • 3
    ミラノ五輪狙う韓国女子フィギュアのイ・ヘイン、セクハラ疑惑で3年間資格停止に反論「恋人同士だった」
  • 4
    ガチ中華ってホントに美味しいの? 中国人の私はオス…
  • 5
    「大丈夫」...アン王女の容態について、夫ローレンス…
  • 6
    衛星画像で発見された米海軍の極秘潜水艇「マンタレ…
  • 7
    貨物コンテナを蜂の巣のように改造した自爆ドローン…
  • 8
    ロシア軍部隊を引き裂く無差別兵器...米軍供与のハイ…
  • 9
    キャサリン妃は「ロイヤルウェディング」で何を着た…
  • 10
    8人負傷のフィリピン兵、1人が「親指失う」けが...南…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に
  • 3
    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア
  • 4
    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…
  • 5
    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…
  • 6
    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 7
    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…
  • 8
    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…
  • 9
    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…
  • 10
    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中