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女と男は食も別世界?

食がテーマの回想録の出版が相次いでいるが、著者の性別によって驚くほど内容に差がある理由

2010年6月1日(火)14時51分
ジェニー・ヤブロフ

 作家ケイト・モーゼスの母親は、派手好きで芝居がかった女性だった。彼女は子供たちに「人前では私のことをベビーシッターだと言いなさい」と命じていた。

 母の愛に飢えていたモーゼスは、お菓子で心の空白を埋めようとした。最初は食べることで、後には自分で作ることで。「甘い物を探し回った」と、モーゼスはレシピ満載の新しい回想録『ケークウオーク』で振り返っている。

 ひとことで言えば、愛らしい本だ。フードライターのキム・セバーソンの新刊書『スプーン・フェド』も、「グルメ」誌の名物編集長だったルース・ライチュルの回想録も同様の印象を受ける。

 愛らしくない本がいい? それならシェフのスペンサー・ウォーカーが書いた『セックス目当ての料理──素人コックのアレをやるためのガイド』はいかがだろう。

 食がテーマの回想録のリストを見ると、女性は食べ物を愛の代用品に使い、男性はセックス自慢の手段にしているような気がしてくる(セレブ御用達のシェフ、マリオ・バターリも「人を喜ばせる方法は2つある。どちらも何かに何かを入れることだ」と言った)。嫌になるほどステレオタイプの性差だ。

 続々と出版されるこの手の本は、著者の大半が女性。そのほとんどに、食べ物が家族との絆を取り戻したり、失恋から立ち直ったり、自己発見する助けになったと書いてある。例えば「最初は悲しかったけれど、牛肉料理を作ったら心が満たされた」というふうに。

男性はプロ、女性はアマ

 一方、男性の本は鍋を仲間に投げ付け、客に毒づき、厨房に迷い込んだ女性にセクハラをするといった描写でいっぱい。料理界の裏話を生々しく描くタイプの回想録は、アンソニー・ボーデンの『キッチン・コンフィデンシャル』(邦訳・新潮社)から始まった。

 これに対して4月にペーパーバック化されたダリア・ジャーゲンセンの『スパイスド』は、ドラマ抜きで食の世界を楽しませてくれる。男中心の厨房を数多く渡り歩いた女性パティシエのジャーゲンセンは、ある程度まで同僚のばか騒ぎに付き合うが、職場環境と仕事そのものをきっちり分けている。

 ジャーゲンセンは料理で心が癒やされるとは考えない。自分はあくまで仕事を愛する1人のパティシエというスタンスだ。なぜこういう本がもっと増えないのか。

 1つには、一流シェフに男性が多いせいだろう(シェフの勝ち抜きリアリティー番組『トップシェフ・マスターズ』の出場者24人のうち女性は3人だった)。そのため食の回想録の書き手は、男性ならプロの料理人、女性ならアマチュアになりがちだ。アマチュアの場合、ドラマチックで個人的な話のほうが出版社の受けがいい。

 女性シェフがもっと回想録を書くようになれば、恐らく男性シェフと同じように客観的な事実の記述が増えるだろう。

 別の理由としては、私たちの心にはモーゼスと同じように、母親はシナモンロールのように温かくて甘い存在でいてほしいという気持ちがあるからかもしれない。

 ジャーナリストのシャーロット・ドラックマンは、偉大な女性シェフがいない理由について、ある記事でこう書いた。「男性シェフが作ったスパゲティ・ボロネーゼへの褒め言葉は、味わいが『挑戦的』『豊か』『強烈』『大胆』。女性の場合は『家庭的』『心安らぐ』『愛情たっぷり』となる」

 私たちは食の本に対しても、著者が男か女かで心の期待値を変えているのかもしれない。 

[2010年4月28日号掲載]

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