ネット時代の脳進化論
インターネットは人間の思考を変えるのか── 哲学者や心理学者、神経学者たちが出した答えとは
「集中力が続かなくなる」「内省的思考への関心が減る」「物事を掘り下げて考えなくなる」......。インターネットが人間の思考に及ぼす影響として指摘されている「症状」は救いようがないくらいひどい。
しかし、この種の指摘には根拠らしい根拠がほとんどない。あるのは断片的なエピソードだけで、実証的なデータの裏付けはない。
その点で、「インターネットはあなたの思考の過程をどう変えつつありますか」という問いに、哲学者や神経生物学者などの研究者たちがどう答えるかは興味深い。
オンライン論壇誌エッジは、この問いを実際に投げ掛けた。それに対して寄せられた回答に目を通すと、ひときわ印象的なのは、精神や頭脳の研究をしている(つまりこのテーマに最も詳しそうな)専門家が「インターネットが人間の思考を変える」という仮説をばっさり切り捨てていることだ。
情報の増加は吉報なのか
「私たちがものを考えるプロセスは変わっていない」と主張するのは、ハーバード大学のジョシュア・グリーン講師(心理学)。「これまでになく膨大な量の情報が手に入るようになったことは事実だが、その情報を使って(人間の脳が)行う作業に変わりはない」
認知心理学の権威であるハーバード大学のスティーブン・ピンカー教授も同様の考え方だ。「電子媒体が登場したところで、脳の情報処理のメカニズムが目覚ましく改善するわけではない」
ピンカーいわく、「携帯メールを利用したり、ネットサーフィンに興じたり、ツイッターを楽しんだり」する人たちは「複数の新しい情報を同時並行で処理」する脳など持っていない。そういう思い込みは科学的根拠がないと明らかになっているのに、「ある新しい現象が『すべてを変える』と認定することを専門家に期待するプレッシャー」のせいで誤った主張がまき散らされているという。
しかし、インターネットが人間の思考を変えると主張する論者も大勢いる。インターネットの影響で私たちは「物事を深く考えず、だまされやすく、注意力が散漫に」なったと主張するのは、テクノロジーに詳しいジャーナリストのハワード・ラインゴールドだ。
「内省と回想という行為が姿を消しつつある」と、オープン・ソサエティー財団研究員でインターネットと政治の関係を研究しているエフゲニー・モロゾフは指摘している。「私たちはますます『現在』に生きるようになった」
情報を入手しやすくなり、「新しいことを考えようとする前にインターネットで調べがち」になったと述べているのは、クレアモント大学院大学のミハイ・チクセントミハイ教授(心理学)。「その結果は、じっくりものを考える姿勢の弱体化か?」
インターネット上の情報は「文脈から切り離されている場合が多い」と、チクセントミハイは書いている。「深い理解を抜きに、差し当たり必要な知識だけを提供している(その結果は、物事の理解の皮相化か?)」
情報量が増えたことで「知識に対する自信と幻想が深まっている」と考えるのは、『ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質』の著者ナシーム・ニコラス・タレブだ。しかしその半面で「どのような知識に対しても、それに対する異論が(ネット上に)すぐに見つかる」ので、知識が以前より「弱々しく」なったように思えると、雑誌ワイアードの共同創刊者ケビン・ケリーは書いている。