最新記事

ドイツ

戦争を語れる「普通の国」へ

非武装の平和主義を掲げ、海外派遣部隊にも武器使用を厳しく制限してきた戦争嫌いのドイツが、アフガン駐留で直面した戦闘の現実

2009年12月3日(木)14時57分
シュテファン・タイル(ベルリン支局)

内圧と外圧の狭間で アフガン駐留の必要性を訴えてきたメルケル首相(09年4月、クンドゥズのドイツ軍部隊を訪ねて) Reuters

 第二次大戦後にドイツがヨーロッパの外で本格的な軍事行動に関わったのは、今回が初めてだ。現在ドイツ軍部隊4200人が、情勢が悪化する一方のアフガニスタンに派遣されている。だが総選挙を9月27日に控え、与野党ともこの問題に一切、触れようとしてこなかった。

 対アフガニスタン戦略を論じたり、外交政策の一環として派兵の意義を語るなど問題外。アンゲラ・メルケル首相をはじめ有力政治家は「戦争」という言葉を口にすることさえ慎重に避けてきた。

 メルケル率いるキリスト教民主同盟(CDU)と大連立を組んできた社会民主党(SPD)のフランクワルター・シュタインマイヤー外相も、出口戦略の必要性については言葉を濁している。国防省は情報を出し惜しみし、ドイツ兵が人畜無害な平和維持活動に参加しているかのような幻想を振りまこうとしてきた。

 こうした状況を180度変えてしまったのが、9月4日にアフガニスタンで起きた空爆だ。この一件が起きる前から北部クンドゥズ州にある駐留ドイツ軍基地では、ドイツの総選挙を前にイスラム原理主義勢力タリバンが攻撃を仕掛けてくるという情報に警戒を強めていた。

 そんななか基地の南6キロで、燃料輸送車2台が武装勢力に強奪された。輸送車が自爆テロに使われることを懸念した司令官は、地上で武装勢力と交戦するのはリスクが大き過ぎると判断し、空から輸送車を爆破するよう指示した。

 タリバンとその支持者数十人が死亡したこの空爆は、第二次大戦以降にドイツ軍が関わったものとしては、最も多くの死者を出した軍事行動となった。

国民の7割が即時撤退を支持

 この攻撃で、ドイツはいわば「ルビコン川を渡った」のだ。ドイツ軍が医師や平和維持活動の非戦闘部隊をNATO(北大西洋条約機構)域外に派遣し始めてからほぼ20年。第二次大戦後はずっと非武装の平和主義という理念が語られ、「軍国主義化」への警戒感がことさら強かったこの国で、軍は再び戦闘行為ができるよう、ひそかに足慣らしをしてきた。

 今回の空爆はドイツの外交政策の転換点となる。これまでは制服組の指導者も、アフガニスタンのような危険な任地でさえ、原則的に戦闘行為を避けるという立場を取ってきた。しかし今は、軍を戦闘部隊として展開することを公然と議論できるようになった。

 メルケルは9月8日、4年前の首相就任以来初めて連邦議会でアフガニスタン問題について演説し、駐留の必要性を強く主張した。戦闘を行うにせよ撤退するにせよ、ドイツ軍は単独で行動することはなく、常にNATO軍の一員として義務を果たすと誓った。「戦闘任務は国際テロの悪行からドイツ人の命を守るため」のものだと、メルケルは語った。

 アフガニスタンやNATOの未来について活発な戦略論議が繰り広げられているアメリカやイギリスにとっては、決まり文句にすぎないだろう。しかし有権者の70%がアフガニスタンからの即時撤退を求めているドイツで、選挙直前にこうした発言をするには相当な覚悟が必要だ。

 当然ながら、多くの野党がアフガニスタンからの撤退を公約に掲げている。支持を拡大しつつある極左の左派党は、NATOからの脱退まで主張している。

 メルケルとシュタインマイヤーは今のところ、この問題で互いを批判することを控えている。13日に行われたテレビ討論では、双方とも駐留継続の立場を示した。

ドイツ軍兵士の死者は35人に

 しかしアフガニスタンが争点として浮上するなか、2大政党が駐留継続を主張するなら、有権者は左派党に流れる可能性がある。8月の地方選挙で得票を伸ばした左派党は、政局に一定の影響を及ぼす存在になりつつある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが「竹建築」の可能性に挑む理由
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 6
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 7
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    日本では起こりえなかった「交渉の決裂」...言葉に宿…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中