最新記事

米政治

オバマ、男性の同性愛は「男らしい」の真意

男らしさをめぐるスピーチで、用意された原稿と違う発言をした大統領の狙いとは

2013年5月21日(火)17時25分
ウィリアム・サレタン

アドリブ モアハウス大学でのハプニングを大手メディアはスルー Jason Reed-Reuters

 ジョージア州アトランタにあるモアハウス大学は、南北戦争の終結直後に黒人のリーダーを輩出する目的で創立された名門男子校。バラク・オバマ大統領が5月19日にこの大学の卒業式でスピーチすると、全米メディアはオバマの言葉を次のように報じた。

「男がどうあるべきかについて、手本であり続けて下さい。妻にとって最高の夫に、パートナーにとって最高のボーイフレンドに、あるいは子供たちにとって最高の父親になって下さい」

 だが実は、これはメディア向けに事前に配布されたスピーチ原稿の文章。実際にオバマが語った言葉は、原稿とは微妙に違う。

「あなたの妻、あるいはボーイフレンド、またはパートナーにとって最高の夫になって下さい」

 表現上の些細な違い? そんなことはない。2つの文の意味は大違いで、スピーチ全体のもつ重要性もまったく異なる。

「パートナーにとって最高のボーイフレンドに」という配布原稿の文章は、男女の恋人同士の関係を示唆している。一方、オバマが語った「ボーイフレンドにとって最高の夫に」という言葉は、男性同性愛者同士の結婚を明確に示唆している。1年前まで同性婚を認めていなかったオバマだが、このアドリブ発言によって男性の同性愛を「男らしい」と公式に認めたわけだ。

 この発言をした場所も絶妙だった。モアハウス大学があるジョージア州は保守的な地域で、最新の世論調査では「同性婚を認めるべきでない」と答えた人が65%と、「認めるべき」の27%を大きく上回っていた。
 
 しかも、アフリカ系アメリカ人は伝統的に同性婚に否定的なことで知られる。オバマは卒業生の大半を占めるアフリカ系アメリカ人学生たちの目の前で「ボーイフレンドにとって最高の夫に」という表現を口にするというリスクを冒したのだ。

ニューヨーク・タイムズの不可解な対応

 これほど重大な話を大手メディアがどこも報じないのはなぜか。人間の耳は自分の予想を超える情報を受け付けないのかもれない。
 
 とりわけ奇妙なのは、ニューヨーク・タイムズの対応だ。同紙のサイトはスピーチ当日、配布原稿をそのまま引用した記事を掲載した。ところが翌20日、問題の発言に関する記述はすべて削除。ただし情報の訂正やアップデートは加えられておらず、記事の掲載日時も当初と同じスピーチのわずか1時間後のままだ。

 では、オバマはなぜ原稿と違う表現に踏み込んだのか。私の見解では、意図的ではなく、単なる言い間違えだと思う。テレプロンプター(セリフを表示する装置)で「ボーイフレンド」という文字を見たオバマが、とっさに言い間違えたのだろう。

 だが、そんな小さな間違いが、大きな意味の違いを生んだ。メディアが注意を払わなかったせいで、まったく話題にはならなかったが、それはジャーナリストの怠慢だ。

 ホワイトハウスは同性婚への言及を避けるスピーチ原稿を作成し、大統領は期せずしてその話題に言及した。言い間違いだったとしても、この手のミスはまったくの偶然の産物ではない。ある意味では、入念に用意された言葉よりずっとオバマの本音を浮き彫りにしている。

 大統領はなぜ、用意された原稿以上の内容に踏み込んだのか。ホワイトハウスはなぜ、大統領の本音を原稿に十分に盛り込まなかったのか。今回の一件を機に、そうした問題を議論すべきだ。

© 2013, Slate

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル一時2週間ぶり安値、トランプ関税

ワールド

米ロス北部で新たな山火事、延焼拡大で約1.8万人が

ビジネス

トランプ氏の関税収入の減税財源構想、共和党内から反

ワールド

シリア経済、外国投資に開放へ 湾岸諸国と多分野で提
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 3
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 4
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピ…
  • 5
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    【クイズ】長すぎる英単語「Antidisestablishmentari…
  • 8
    トランプ就任で「USスチール買収」はどう動くか...「…
  • 9
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 10
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 8
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 9
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中