最新記事

米保守派

マスターベーション反対運動の嘘

自慰行為が子作りを妨げるなんて誰が言った? 科学的には、むしろ「精子の健康増進術」と認められている

2010年10月8日(金)17時22分
シャロン・ベグリー(サイエンス担当)

自己矛盾 デラウェア州の共和党上院議員候補オドネルが参加していた自慰反対運動は「家族の価値」も脅かす Jonathan Ernst

 急進保守派の市民運動ティーパーティーの支持を受け、米上院選へ立候補している政治コメンテーターのクリスティン・オドネル(共和党)。「性、ジェンダーおよび生殖のためのキンゼイ研究所」の所長に立候補している訳ではないのだから、彼女のセックス、特にマスターベーションに関する意見に目くじらを立てる必要はないのかもしれない。しかし、捨て置くには弊害が大きすぎる。何しろこれは、種の存亡にも関わる問題なのだから。

 90年代半ば、オドネルはマスターベーションの反対運動に加わっていた。生殖器を「もて遊ぶ」もので、子作りを阻害する要因になる、と。しかし事実は反対だ。ゾウからネズミ、人類まで、その観察を通じてマスターベーションは健康な赤ちゃんを沢山作る素晴らしい方法であることがわかっている。保守派のように「家族の価値」を強調する人々なら、彼女の主張を放っておけないはずだ。

 この問題についての科学的原則ははっきりしている。動物界である行動が共通して見られれば、生物学者はそれが「適応的機能」ではないかと疑う。つまり、その行動を身につけた動物の方がそうでない動物よりも生き残る確率が高く、より多くの子孫を残すということだ。結果として、その行動の遺伝子は種全体が共有するまで広がっていく。ほとんどすべての動物に共通して見られる自慰行為にも、これは当てはまる。

「サルを叩く」「ヘビを操る」など自慰行為を表現する英語の多くが動物に関係していることも、現実を反映している。ニホンザルをはじめチンパンジー、ゾウ、イヌ、ネコ、ウマ、ライオン、セイウチなどで自慰行為は観察されている。

 では自慰行為の適応的機能とは? 動物が適者生存の競争を勝ち抜くことに自慰行為はどう寄与するのか? 幸いなことに科学者はこれについて熟慮を重ねてきた。

 4つの基本理論があり、それぞれについて最低1種類の動物の実証例がある(ただし、マスターベーションは適応的機能ではなく、単なる性的興奮の副産物であるという説は入れていない。性的興奮はまさに適応的機能だからだ)。

自慰行為を正当化する4つの根拠

1)マスターベーションは古くなったり、壊れてしまった精子を生殖器官から取り除く。これによって健康で活発な精子の割合が上昇し、その雄が父親になる確率が高くなる。

「人間の場合、マスターベーションは新しい精子を増やすことで精子の質を高める。女性生殖器に入る精子の数も減ることはない」と、セントラルフロリダ大学の生物学者ジェーン・ウォーターマンはオンライン科学誌PLoS ONEの論文に記している。1993年に生物学者が実施した調査では、マスターベーション後のセックスで男性が放出する精子の数は減少したが、膣内で生き残る精子の数は変わらなかった。結論として、「マスターベーションは精子の健康を増進させる男性の戦術」とされた。

 昨年、オランダで開催された科学会議で発表された研究も、この「精子の健康増進」案を支持している。DNAの損傷率でみたところ、7日間毎日射精を続けると精子の質は向上するという。3日間禁欲した後のDNAの損傷率は平均して34%。ところが毎日射精を続けると、損傷率は26%に下がる。精子の質としては「まずまず」だ。

 精子の損傷率が下がった男性だけをみると(何らかの理由で損傷率が上がる人もいる)、平均の損傷率は23%になっている。精子の質は「良好」だ。さらに精子の運動性は大幅に向上した。結果として、より健康な赤ちゃんが、より多くできる可能性が高くなる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トルコ、25年の月額最低賃金を30%引き上げ

ビジネス

11月企業向けサービス価格、前年比3.0%上昇=日

ワールド

バングラデシュ前首相の息子、汚職疑惑を否定 政治的

ビジネス

英政府、ZEV販売義務化見直しへ業界との協議開始 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシアの都市カザンを自爆攻撃
  • 3
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリスマストイが「誇り高く立っている」と話題
  • 4
    9割が生活保護...日雇い労働者の街ではなくなった山…
  • 5
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 6
    「自由に生きたかった」アルミ缶を売り、生計を立て…
  • 7
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 8
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 9
    「オメガ3脂肪酸」と「葉物野菜」で腸内環境を改善..…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 4
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 5
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 6
    9割が生活保護...日雇い労働者の街ではなくなった山…
  • 7
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、…
  • 10
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 7
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 8
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 9
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
  • 10
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中