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食品だけじゃない? 元寇の沈没船遺物も保存できる糖質「トレハロース」の機能と可能性

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2024年3月26日(火)11時30分
写真:遠藤宏 文:一ノ瀬伸

元寇船の隔壁板

トレハロース含浸法による保存処理を終えた元寇船の隔壁板

トレハロースの特性はまだある。伊藤さんが大きな可能性を感じているのが、金属への保存効果だ。PEGは木材と鉄が一緒になった複合材を処理すると鉄部分が腐食してしまうが、トレハロースは鉄にも効果が認められた。

「海底から出てきた木と鉄が一体となった遺物は保存処理が上手くいかないことが知られていました。イギリスのメアリー・ローズ号やスウェーデンのバーサ号といった沈没船でもPEGを使いましたが様々な問題が生じました。しかし、トレハロースを使えば、鉄部分腐食を抑制できることが実証的にも科学的にも明らかになりました」

そもそもなぜトレハロースが保存処理に使われるようになったのか。歴史を遡ると、実は90年代初め、当時橿原考古学研究所に所属していた今津節生さん(現・奈良大学学長)が糖を使った保存処理の研究を始めており、トレハロースが第一の候補だった。

しかし当時はキロ数万円と高価で、保存処理でのトン単位の使用は現実的ではなく、ラクチトールという糖アルコールが使用されたが技術的な難しさがあった。そんななか、95年に林原がでん粉を使ってトレハロースを作り出す技術を開発し量産できるようになったことにより、価格が100分の1に下がり、保存処理にも使用されるようになった。

トレハロース

林原がトレハロースの大量生産に成功し、食品などに広く使われるようになった

トレハロースの活用例は国内外に広がっている。伊藤さん・今津さんは昨年ユネスコから招聘され、水中遺跡出土遺物の保存について、ASEAN諸国の文化財保護代表者へトレハロースの有効性とその処理技術を伝えるセミナーをカンボジアで2日間にわたって行った。

さらに新潟県長岡市では、幕末に活躍した市指定文化財の蒸気船「順動丸」の巨大な鉄製シャフト(長さ4.3メートル、重さ約4トン)の保存処理を指導した。作業は地元の人たちの手によって進められ、昨年10月頃に着手、トレハロースの含浸を経て今年3月初旬に完了した。

「トレハロース含浸処理法は『溶ける(溶解)』『固まる(過飽和・固化)』という単純な現象を利用しています。そして有機溶剤などを使わないので安全です。文化遺産を残していくためにはそれぞれの地域の方々が主導することが理想。順動丸はとても良い事例になったと思います」

「順動丸」の鉄製シャフト

トレハロース水溶液を含浸処理中の蒸気船「順動丸」の鉄製シャフト(写真提供:長岡市立科学博物館)

暮らしとともに文化財保護にも寄与しているトレハロース。林原は単に素材を販売するだけでなく、140年の歴史で培った知見を活かして伊藤さんをはじめとした研究者たちに情報提供を行い、文化財を未来へつなぐサポートをしている。

そんな同社は24年、「Nagase Viita(ナガセヴィータ)」に社名を変更し新たなスタートを切る。「Viita」は「生命、暮らし」を表すラテン語「Vita」に由来し、「ii」は共生・共創のシンボルだ。これからも素材の力で人と自然に幸せな未来をもたらす担い手であり続けることが期待されている。

●問い合わせ先
株式会社林原
https://www.hayashibara.co.jp/

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