最新記事

言語学

外国語が上手いかどうかは顔で決まる?──大坂なおみとカズオ・イシグロと早見優

2020年3月5日(木)16時55分
平野卿子(ドイツ語翻訳家)

大坂なおみとカズオ・イシグロはどちらも日本語がほとんどできないが FROM LEFT: Hannah Mckay-REUTERS, TT News Agency/Fredrik Sandberg via REUTERS

<実は私たちは「顔で喋っている」――という驚きの言語学研究がある。日本語だけでなく、イタリア語や英語でも同様だ>

大坂なおみは父親がハイチ系アメリカ人で3歳からアメリカで暮らしているので、日本語はほとんどできないという。だが、私たちはそのことに対して違和感はない。彼女がアメリカ育ちだからということもあるが、なにより「典型的な日本人の顔」をしていないからだ。

一方、2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロは、やはり5歳のときに一家でイギリスに移住し、イギリスで教育を受け、イギリス人と結婚し、人生のほとんどをイギリスで暮らしている。それでも日本人の両親を持つ彼の見かけが私たちと変わらないために、彼が日本語ができないと聞くと、意外だと思う人も多いのではないだろうか。

これに関して興味深い研究がある。例えば、日系2世のように、DNAは日本人である人がアメリカ人として育った場合、日本語が流暢でなくてもその日本語を「純正」だと思う、もしくは、いずれ「純正」になると思う傾向があることだ。理由はやはり顔だ。

80年代に「ハワイ出身」の早見優がデビューしたときのこと(実際は日本生まれで、3歳からグアムとハワイで育った)。はじめは日本語はそれほどできなかったが、まもなく普通に話せるようになった。これは少しも不思議ではない。話すだけなら、日本語は世界の言語の中でもきわめて易しい部類に入るからだ。

興味深かったのは、その時のマスコミの対応だ。彼女を2カ国語ペラペラのバイリンガルだと持ち上げたのである。実際には、読み書きはあまりできず、わからない言葉がたくさんあったとのこと。これは当然だと思う。

ここで私が言いたいのは、日本語は喋れるが読み書きはできないアメリカ人をバイリンガルとは通常言わないのに、彼女のように両親が日本人の場合にはバイリンガルと言いたがることだ。ここには、やはり「顔の原理」が働いていると言えないだろうか。DNAが日本人であること、つまり顔が日本人であることが作用している、と。 

このような日本人の感覚を、言語学者の鈴木孝夫は「属人主義的言語観」と呼んでいる(『ことばの社会学』、新潮社、1987年)。つまり日本人には、「日本語という言語が完全な日本語と認められるためには、それを話している人が日本人でなければならないという心理」があるというのだ。

日本人にとっての「言葉と顔」の結びつきは、長い間、日本語を話す欧米人がほとんどいなかったことによるところが大きい。したがって、日本語の達者な欧米人が驚くほど増え、メディアにも大勢登場する現在、このあたりの感覚は数十年前とは大きく変わったであろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中