最新記事

東南アジア

シンガポールに貧困層はいない?

貧しい国民の存在を認めようとしないシンガポール政府の論理

2013年11月13日(水)12時53分
モン・パラティーノ

格差 世界有数の富裕国なのは確かだが Fabrizio Bensch-Reuters

 シンガポールは世界に冠たる富裕国。国民1人当たりのGDPは日本をはるかに上回る。最新の統計では資産10億ドル以上の富豪が21人、100万ドル以上なら20万人近くいるそうだ。では貧困層はどれくらいか?

 あいにく公式のデータはない。何しろ早くも01年に「既に貧困は過去のもの」と宣言しているお国だ。貧乏人がいないのなら、そのデータが存在しないのも当然かもしれない。

 しかし現実には、庶民の暮らしは今も苦しいという報告がいくつもある。本当は、政府が貧困の定義を決めていないからデータの取りようがないだけではないか。

 ちなみに、シンガポールに次ぐアジアの富裕地域である香港は先頃、貧困ラインの定義を決めている。だがシンガポール政府の担当閣僚は、貧困の定義に関して「単一の基準を設けるとひずみが生じる。例えば貧困ライン以上でも、諸般の事情で困窮している国民を救済できなくなる恐れがある」と否定的な姿勢を示している。

 当然、これには反論が噴き出した。貧困ラインを決めておけば、それ以下の世帯を支援する各種政策を立案しやすいという意見もあるからだ。政府が実施している補助金等の貧困対策の効果を検証するにも、どこからが貧困かの定義は必要だろう。

 シンガポールでも貧富の格差は拡大している。だが、今の政府はその現実に目を塞いでいるようにも見える。

 この国で貧困との戦いを進めるカトリックの慈善団体「カリタス」によれば、シンガポールにも月収1500ドルに満たない家庭が10万5000世帯もある。個人ベースでは38万7000人だ。昨年は、フルタイムで働いても月収1000ドルに満たない国民および永住外国人が10万人を超えた。

 貧困ラインを定義しても、富裕国としてのイメージが損なわれるわけではない。シンガポールが世界に誇れる近代都市を建設し、交通や公衆衛生等の面で効率的なサービスを提供していることは周知の事実だ。しかし、たとえ数は少なくとも、この豊かな国シンガポールに貧困が存在することもまた事実だ。

 無届けで何人以上集まったら違法集会だとか、何事も厳密に決めたがるシンガポール政府なら、貧困の定義を決めて支援が必要な世帯数を割り出すくらい朝飯前だと思うのだが。

From thediplomat.com

[2013年11月12日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

メキシコ大統領、他国籍の米移民希望者受け入れには同

ワールド

イスラエル、ガザの平和的再建目指す 復興支援は未定

ワールド

米軍、メキシコ国境に兵士1500人の追加派遣を準備

ワールド

トランプ氏、ロシアに高関税・制裁警告 ウクライナ合
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 3
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 4
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピ…
  • 5
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    【クイズ】長すぎる英単語「Antidisestablishmentari…
  • 8
    トランプ就任で「USスチール買収」はどう動くか...「…
  • 9
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 10
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 8
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 9
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中