最新記事

イギリス

英経済の傷を広げた痛みの伴う緊縮財政

公然と財政赤字の削減に取り組んだ政府の姿勢は評価できるが、痛みの次にやってくるはずの景気回復はどこ?

2011年12月1日(木)12時59分
マイケル・ゴールドファーブ

ストの時代へ 賃金凍結に怒った公務員200万人がロンドン中心部でデモ(11月30日) Olivia Harris-Reuters

 イギリスの政府予算は、毎年3月に財務大臣が議会に発表するのが恒例だ。その後、秋に財務大臣が再度議会演説を行い、半年間の経済状況を踏まえて予算案を更新する。

 だが今週火曜、ジョージ・オズボーン財務相が議会に報告したのは更新どころではない内容だった。まず彼は、イギリスのプライマリーバランス(基礎的財政収支)の赤字を2015年までに解消する目標は達成不可能だと認めた。さらに、政府債務の額は390億ポンド(609億ドル)に上方修正することになるだろうとも白状した。

 オズボーンの「告白」はさらに続く。イギリスが景気後退に陥る危険はかなり大きいと語ったのだ。「ヨーロッパ全体が景気後退に向かうようであれば、イギリスだけがそれを回避することは難しい」

 イギリスが景気後退に向かうのはユーロ圏の債務危機のせいだという言い分は、ある意味正しい。だが政府債務の額が増えるのは、保守党率いる連立与党の責任だ。オズボーンは、経済戦略の中心に緊縮財政による財政赤字削減を掲げてきた。

 彼は財務大臣として頭角を現す中で、政治経済のある教訓を学んだようだ。つまり、経済状況が悪い時期に財務大臣に就任した場合は、在任期間中の早いうちに痛みを伴う仕事をさっさと片付けて経済成長に持ち込めるようにすること。厄介な仕事を早めに片付けて、次の選挙が行われる頃に経済成長に向かっていれば、国民はもう痛みのことなど忘れているかもしれない。

公務員の賃金を実質4%カット

 オズボーンの大掛かりな緊縮財政策はすばやく導入された。彼は緊縮財政を行えば失業率は上がると報告を受けていたが、結果はその通りになった。失業率が上がったために、消費は目に見えて落ち込んだ。閉店が相次ぎ、失業者はますます増えている。失業手当を受ける人は数十万人単位で追加され、債務は膨張を続けている。

 そのせいかオズボーンは現在、半ばケインズ主義的な方向に向かっている。今後は50億ポンド相当のインフラ整備計画を進めていくというのだ。既に、そのうちの500件の計画を明かしている。

 オズボーンは、このインフラ計画に民間の年金基金から200億ボンドを上限として投資してほしいとも語ったが、年金基金側はこれについて何も明らかにしていない。

 その一方でオズボーンは新たな緊縮策として、現在行っている公務員の賃金凍結を来年いっぱいまで延長し、その後の2年間は賃上げの上限を毎年1%とすると発表した。インフレ率は5%なので、これは実質的には賃金の4%カットを意味する。

 偶然だが、議会演説の翌日には年金改革に怒った公立学校の教師など約200万人の公務員が病院や空港、学校などで過去30年間で最大規模のストライキを起こし、ロンドン中心部で大規模なデモを行った。賃金凍結の延長は、まさに火に油を注ぐようなものだ。

 イギリスは景気減速だけでなく、再び労働争議の時代に突入しようとしているのかもしれない。
  
GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン副大統領、トランプ氏の「合理的行動」に期待

ワールド

フーシ派、日本郵船運航船の乗員解放 拿捕から1年2

ワールド

米との関係懸念せず、トランプ政権下でも交流継続=南

ワールド

JPモルガンCEO、マスク氏を支持 「われわれのア
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 3
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 4
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピ…
  • 5
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    【クイズ】長すぎる英単語「Antidisestablishmentari…
  • 8
    トランプ就任で「USスチール買収」はどう動くか...「…
  • 9
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 10
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中