金融の「衝撃と畏怖」作戦を実施せよ
量的緩和は近隣窮乏化政策ではなく他国も潤う政策だ。むしろ思い切りが悪すぎる
不信の渦 日米英の量的緩和が他国の経済を傷つけているという誤解が広がっている(4月23日のG20) Jonathan Ernst-Reuters
第一次世界大戦の引き金を引いたのは、ちょっとした不注意だったとよく言われる。新興国と既存の大国の権力闘争の結果ではなく、多くの誤解が重なった末に戦争が勃発したというわけだ。
いま世界を一触即発の状態にしているのはバルカン情勢ではなく通貨問題。だが、誤解が報復を呼び、危機がますますエスカレートするという危険な構造は、基本的に当時と同じだ。
ブラジル財務相は9月末に「国際通貨戦争」が始まったと語ったが、そうした発言の背景には、今の通貨情勢は誰かが勝てば別の誰かが負けるゼロサムゲームだ、という誤解がある。
誤解の色眼鏡を通して世界を見ると、まず日本銀行が円売り介入し、他国の経済に打撃を与えたということになる。政府の緊縮財政策で国内需要が冷え込んでいるイギリスでも、中央銀行であるイングランド銀行がポンド安を歓迎しており、近隣諸国には迷惑な話だという。さらに、米FRB(連邦準備理事会)は日銀を苛立たせるにもかかわらず、市場がドル安に触れるのを容認しているとされる。
また、中国人民銀行(中央銀行)は人民元安を維持する介入を続けており、ブラジルやインド、韓国などの新興市場も、他国に対抗して自国通貨を安くする政策を取らざるを得ない。そうしなければ、自国の製造業が衰退してしまうから、ということらしい。
その一方で、通貨競争力を最も必要としているヨーロッパは正反対の対応を取り、ユーロ高に甘んじているといわれる
こうした考え方は、いくつもの危険な誤解に基づいている。第一の誤解は、日銀とFRB、イングランド銀行の政策によって他国の経済が犠牲になるという考え方だ。
時代遅れのインフレ対策に追われる欧州
日銀の対応を見れば明らかなように、3つのケースはいずれも為替レートの操作ではなく、いわゆる量的緩和政策だ。日銀はまず9月15日に穏やかな為替介入を行った後、10月5日には国債やコマーシャルペーパー(CP)、社債、上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(REIT)など多様な資産を5兆円規模で購入すると発表した。イングランド銀行も量的緩和を継続すると率直に認めており、FRBも徐々に同じ方向に向かっている。
デフレが再び進行し、幸か不幸か財政政策がないに等しい今の世界においては、こうした量的緩和こそ必要な政策だ。これは、自国の輸出を増やして相手国の経済に打撃を与える近隣窮乏化政策とは違う。むしろ、他国に恩恵を与える政策だ。
第2の誤解は、日英米以外の国の中央銀行が、過去の常識にとらわれている点にある。
いまヨーロッパを脅かしている危機はデフレだが、欧州中央銀行(ECB)はかつて問題だったインフレ対策に躍起になっている。世界中で成長が鈍化しているというのに、ECBはそろそろ特別融資枠を縮小し、金利も上げる頃合いだと考えている。信じがたい話だ。
2007年に、先進国と新興国の経済は別物で、欧米の成長が鈍化しても新興国はあまり影響を受けないという「デカップリング論」が唱えられたことがあった。だが、実際は違った。もしECBが、欧州経済が他国の影響を受けずにいられると信じているとしたら、厳しい試練を経て自分の間違いを思い知ることになるだろう。他国の量的緩和政策を受けてユーロ高が進み、欧州経済が崩壊したら、その責任はECBにある。