コラム

警察庁公表「治安の回顧と展望」に感じる危うさと違和感

2015年12月17日(木)18時00分

 今年、国内で起きたデモについては、どのようなジャッジを下しているのか。「第3章 治安情勢 5:大衆運動」の項目では、国会前デモに参加する市民を国会前に極力集まりにくくする措置をとったことなどはもちろん触れずに、「国会議事堂周辺において、規制中の警察官を殴打するなどの暴行を加えたことから、警察は、公務執行妨害罪で男女計13人を現行犯逮捕した。平和安全法制の成立を受けて、抗議行動に取り組んでいた大衆団体等は、28年も引き続き、平和安全法制の廃止に向けた取組等を展開していくものとみられる」と、やっぱり悪者扱い。

 沖縄の住民運動についても同様。「国土交通大臣が、10月27日、沖縄防衛局の不服申立てを審査し、取消しの執行停止を決定した。反対派は、これに反発し、抗議行動の盛り上げを図っている。28年も引き続き、大衆団体等は、普天間飛行場の移設を捉え、反戦・反基地運動を活発に展開するものとみられる」と、さらりと終わらせている。

 巻末にあるグラフ資料「右翼関連事件の検挙状況」で、昨年までの過去3年の検挙人数を遡ってみると1654人、1643人、1824人。一方、「極左事件の検挙状況」は15人、36人、31人とある。人数の多少ですべてを測るべきではないとはいえ、回顧部分にしろ展望部分にしろ、「右」「左」の団体への注視が均等扱いで並んでいる。「極左暴力集団」について、「組織の維持・拡大を図るため、引き続き、大衆運動や労働運動に介入するものとみられ、その一方で、調査活動に伴う違法行為や『テロ、ゲリラ』等を引き起こすおそれがある」とまとめた。

 その一方で、在特会のようなヘイトスピーチ集団については「極右暴力集団」ではなく「右派系市民グループ」という形容にとどめ、「徒歩デモ等により自らの主張を訴えるものとみられ、その過程で、反対勢力とのトラブルから生じる違法行為の発生が懸念される」としているのには、違和感を覚える。特定の人々を突き刺す罵詈雑言を並べる彼らの活動を前にしても、警察の一義は「反対勢力とのトラブルから生じる違法行為の発生」の警戒にある。パワーバランスがおかしい。

 この資料は毎年代わり映えしない箇所も多い資料なのだが、今年はISの動きが活発になり、何よりも国民からの直接的な憤怒があちこちの現場で投じられたことを受けて、その変化が盛り込まれてはいる。しかし、相変わらず「極左暴力集団」にこだわるなど、時代錯誤と思えるところも少なくない。いずれにせよ、「テロに屈しない」などのワンフレーズを繰り返しているだけでは見えてこない部分、そしてそのフレーズを繰り返すことで隠そうとした本音の部分が、少しばかりは見えてくる資料である。

 さて、今年の本連載は少々早めに今回で店じまい。2016年もよろしくお願いします。

プロフィール

武田砂鉄

<Twitter:@takedasatetsu>
1982年生まれ。ライター。大学卒業後、出版社の書籍編集を経てフリーに。「cakes」「CINRA.NET」「SPA!」等多数の媒体で連載を持つ。その他、雑誌・ウェブ媒体への寄稿も多数。著書『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新著に『芸能人寛容論:テレビの中のわだかまり』(青弓社刊)。(公式サイト:http://www.t-satetsu.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story