コラム

バイデンの必死の仲介で、ガザ危機の出口は見えるのか?

2023年10月19日(木)11時50分

支援物資の搬入については、既に人道危機が始まっている可能性の中では、とにかくアメリカとして強く主張して、例えばエジプトなどの協力を引き出そうとしているのでしょう。実際にエジプトはこの働きかけに反応しています。

一連の会談や会見と並行して、バイデンは東地中海に空母打撃群を2セット派遣するというこれも異例の軍事的措置を取っています。これは、北部のレバノン国境を中心に介入のチャンスをうかがう原理主義勢力ヒズボラへの強いプレッシャーをかけるのが目的です。

では、バイデンはどうして、そこまで今回の危機の解決にこだわるのでしょうか。それは、米国内が「イスラエルへの連帯」と「ハマスへの憎悪」で団結しているからではありません。むしろ反対だからです。

民主党支持派の中で、特に若い世代は格差問題に敏感です。ですから、今回の危機の背景として、ハイテクや金融など新しい経済で成長するイスラエルと、人口の50%が18歳以下でありながら高い失業率に苦しむガザの落差にも鋭い目を向けています。仮にバイデン政権が、今回の危機への対処を誤ってしまい、ガザで大規模な人道危機が起きてしまうと、彼らは民主党の内部から主流派への激しい批判を始めるに違いありません。それは、バイデンとしては絶対に避けねばなりません。

一方で、共和党も分裂しています。特に下院議長の座を狙って、トランプと相談しながら議会を機能不全に追い込んでいるジム・ジョーダン議員などの強硬派は、口ではイスラエル支持とか、イスラム入国禁止などと言っていますが、本音の部分は「完全なる自国中心主義」であり、中東のトラブルへの関与すら冷淡です。

バイデンの「孤独」なイスラエル行

アメリカの福音派は宗教的な信念からイスラエルへの強い支持をしているという見方がありますが、あれはあくまで「反テロ」のスローガンを裏打ちするためのロジックに過ぎません。福音派の本音は「ユダヤ教は異教」という長い歴史を持つ密かな差別感情であり、ドナルド・トランプの熱烈な支持者も同様です。

ちなみに、福音派はトランプのような「不道徳な人物」も内心では嫌っていますが、今回のような極右の仕掛けた政争に関しては、小さな政府論と中絶禁止などのイデオロギーを支持しているだけです。いずれにしても、共和党の右派が、真剣に今回の危機について当事者意識を持って「いない」のは明白です。真剣に考えていたら、危機を横目に延々と政争を続けることはできないからです。

バイデンの危機感は、仮に議会下院を共和党の強硬派が握ることで、あらゆる世界のトラブルからの「孤立」を選択するようになれば、アメリカの影響力は更に低下するということだと思います。それで、今回の孤独なイスラエル訪問も決行したわけです。

では、これでガザ危機が解決に向かうかというと、まだまだ時間がかかると思います。その間に、イスラエルが一線を超えて人道危機を起こせば、民主党内左派はバイデンの連帯責任を突き上げて来るでしょう。一方で、議会下院を共和党の強硬派が握って、ウクライナへの支援は停止、イスラエルへの支援も限定、アラブ諸国は全部敵なので協力しての調整など反対、などということになれば、アメリカの外交は破綻します。バイデンの孤独な戦いはまだまだ続くということです。

とりあえず、米時間19日にバイデンは、帰国早々執務室から国民に呼びかけるテレビ演説を予定しています。こちらの内容が注目されますが、その影響力を削ぐために、その前に「何か」が現地で起こることも警戒しなくてはなりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、4週連続減少=ベーカー

ビジネス

アングル:FRB当局者、利下げの準備はできていると

ワールド

米共和党のチェイニー元副大統領、ハリス氏投票を表明

ワールド

アングル:AI洪水予測で災害前に補助金支給、ナイジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本政治が変わる日
特集:日本政治が変わる日
2024年9月10日号(9/ 3発売)

派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が増加する」農水省とJAの利益優先で国民は置き去りに
  • 3
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元で7ゴール見られてお得」日本に大敗した中国ファンの本音は...
  • 4
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 5
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 6
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 7
    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…
  • 8
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 9
    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…
  • 10
    川底から発見された「エイリアンの頭」の謎...ネット…
  • 1
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つの共通点
  • 4
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 5
    死亡リスクが低下する食事「ペスカタリアン」とは?.…
  • 6
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 7
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 8
    再結成オアシスのリアムが反論!「その態度最悪」「…
  • 9
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story