コラム

ノーベル物理学賞の真鍋博士が伝える、好奇心を育む教育の責務

2021年12月15日(水)16時20分

例えば、子どもがカエルの解剖をしていて、特に循環器系のメカニズムに興味を持ったとします。それは純粋な「知りたい」という気持ちかもしれませんが、往々にして「循環器系を詳しく知ることで、人命を救えるかもしれない」という問題意識の萌芽がそこにあるかもしれないのです。

あるものの値段が「安い」と思った時、多くの人は単に「安くて得をした」と思って済ませがちです。ですが、「おかしい、どうしてこんなに安いのだろう」という好奇心を持つ人もいます。そのような好奇心は、やがて低賃金、空洞化、デフレ経済といったネガティブな側面を解決しようという動機になるでしょうし、反対にスケールメリット、自動化、オンタイム生産などポジティブな経営論を学ぶ動機にもなると思います。そこに需要と供給、消費者心理といった価格形成の理論も加わってくるでしょう。好奇心とは、そのような発想も含むものだと思います。

好奇心というのは、単に「知りたい」だけでなく、そのような行動や進路に、あるいは社会変革につながるような「ダイナミック(動的)」なものである場合があるのです。教育には、そのような好奇心を潰すのではなく、見出して育て、社会で活用する責任があるということを、改めて強く感じました。

軽視されている気候変動の深刻さ

もう1つは、温暖化の弊害についてです。地球温暖化のもたらす災厄については、海水の水位上昇が真っ先に取り上げられています。ですが、真鍋博士は、「洪水」と「旱魃(かんばつ)」の問題について強く指摘しておられました。

異常気象については、日本ではここ数年、台風の強大化や豪雨災害の深刻化が指摘されています。確かに小さな島嶼国家や、臨海部の運河都市などでは海面の上昇は大きな問題になるのは分かります。ですが、気象災害の深刻化という問題は、もっともっと取り上げらるべきだと思います。

真鍋博士は、気候変動の結果として起きる「旱魃」についても強く警鐘を鳴らしています。深刻な旱魃被害が広域圏で起きれば、その地域では深刻な飢餓が発生して、乾燥した地域と、湿潤な地域の格差は拡大します。つまり、大規模な旱魃には人類は勝てないわけで、だからこそ温暖化への対策は急務なのです。

この対談の直後、アメリカでは12月という「季節外れ」に巨大な竜巻の被害が発生しました。また、毎年のように西海岸では「過去の例のない山火事被害」が続いています。明らかに気候変動の影響が出てきているなかで、真鍋博士のシミュレーションを受けた行動は待ったなしとなっているのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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