コラム

アムトラック脱線で「リニア売り込み」は加速するか

2015年05月14日(木)13時46分

 いずれにしても、ATS/ATCが強制作動しない、運転士のヒューマンエラーの可能性、そして貨物が混在するために高速向けの軌道の調整ができないなど、問題はたくさんあります。軌道の問題に関して言えば、そもそも保線管理が徹底していないということも言えます。

 こうした事態を受けて、日本の新幹線技術を導入したらどうかという感想を持つ方も多いかもしれません。確かに「東海道新幹線のN700系(最高速度300キロ、ただし山陽区間のみ。東海道は285キロ)」や「東北新幹線のE5系(最高速度320キロ)」が、この北東回廊を行き来するようになれば、便利この上ないと思います。

 ですが、こうした「新幹線車両の売り込み」は、残念ながら非現実的です。今回の事故で明らかなように、アメリカでは「鉄道は衝突や脱線を起こすもの」という思想で作られています。ですから、日本の軽量化した車両では「ヤワ」過ぎて規制に合わないからです。

 例えば、このアムトラックの場合は、脱線転覆事故が起きるのを前提として各車両の窓は内側から壊して開けられるようになっています。今回も、そうやって窓から脱出した人も多いようですが、日本の新幹線車両にはそうした仕掛けはありません。

 日本では「軽量化した車両」で高速化、省エネ化を実現しつつ開業以来の無事故を続けているのですが、これも、「完全立体交差」「完全な専用線」「深夜時間帯の走行を禁止して保線点検を徹底する」という3原則があるからです。アメリカの鉄道は貨物が混在し、しかも24時間システムですから、車両だけ日本の新幹線を持ってくるのは危険です。

 では「リニア」はどうかと言えば、こちらはそもそもが「標準軌の鉄道」ではないのですから、貨物や通勤列車との混在はあり得ません。完全な専用線で、しかも最新の運行システムを含めて建設することになります。つまり、アメリカの鉄道システムの「ボロボロになった過去のインフラ」とは決別した形でのスタートが切れるのです。

 この北東回廊に関しては、首都ワシントンからメリーランド州ボルティモアまでの約60キロの区間に関して、リニア技術を提供しようと日本の官民挙げての提案が進行中です。今回の事故を契機に、リニアによる専用線の高速鉄道をワシントンからニューヨーク、いずれはボストンまでの北東回廊の全線に建設するような動きも出てくるかもしれません。そのためにも、まずはワシントン~ボルティモアの区間で日本のリニア技術採用を実現させたいものです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story