コラム

英語を学べば学ぶほど「自分が小さく見える」?

2014年09月02日(火)11時02分

 今月出版した『アイビーリーグの入り方』(阪急コミュニケーションズ刊)には、おかげさまで様々な反響をいただきました。留学希望者に役立つという評価や日米の受験制度・教育制度の違いが分かるという評価に加えて、意外に好評をいただいているのが「おわりに」の部分で書いたメッセージです。

 ここでは、留学後の姿勢として「まず英語漬けになること」そして「異文化への『のめり込み期』と『幻滅期』を経験した後の、本当の異文化理解」を目指すことを訴えました。知らない土地に留学する際に、こうした心構えは最も重要だと考えたからです。

 こうしたメッセージを発信する中で、改めて「日本の英語教育」に関する意見を求めたいという声もいただきました。英語教育に関しては、この欄で2010年に4回にわたって「公用語時代、日本人の英語はどうあるべきか?」というタイトルで、様々な角度から提言をしたことがあります。ですが、よく考えると、議論がやや枝葉末節に偏っていた点は否めません。今回は「日本の英語教育がうまくいかない理由」として、この間、ずっと考えていた問題を議論してみたいと思います。

 日本では、どうして英語教育がうまくいかないのでしょうか? 一人ひとりの日本人に関して、どうして英語を学習することが喜びにならないのでしょう? たぶんその根っこの部分には、一つの問題があるように思います。

 それは、中学生から大人まで、日本人は「英語を学べば学ぶほど、英語の使えない屈辱や失望から、国際社会における誇りを失う」ような心情にとらわれてしまうということです。簡単にいえば、英語を学べば学ぶほど「自分が小さく見える」という問題です。

 この変形としては、英語を学びながら、英語が話せない、聞き取れないという経験を重ねることで、自分が、あるいは日本人が英語のネイティブスピーカーより「劣っている」あるいは「負けている」という感覚が繰り返されるということがあります。

 その結果のあらわれ方は人によって異なります。ある場合には、英語が嫌いになったり、海外への関心を失ったり、またある場合には被害感の延長で「相手の敵意」を勝手に感じて英語話者を嫌うようになり、さらには少し出来るようになっただけで、今度は出来ない人を見下すようになるなど、色々な表れ方をするわけです。どれも、態度としては誤りだと思いますが、現象としては悲劇だと思います。

 もちろん本当は違うのです。英語話者の方が日本人より「偉い」とか「偉くない」というような心理は、感じなくていいのです。そうした上下の比較とか、上下の感覚というのは不要なのです。ですが、英語教育の過程で「そんな上下の感覚は感じなくていい」などという「キレイ事」を繰り返したとして、多くの若者の英語への関心を引き寄せるように事態を好転させることができるとは思えません。

 そうであるのならば、これを反転させ、「英語を学べば学ぶほど、国際社会における日本人として、そして自分としての誇りを実感する」ようなメソッド、カリキュラム、そして英語教育の位置付けへと変えていく必要があるように思います。そうでなければ、本当の意味での学習のモチベーションは高まりません。

 たぶん具体的には2つあるのだと思います。

 英語とともに、明治期の日本人のように謙虚かつ貪欲に国際社会における「共通価値観」を習得して、国際社会で胸が張れるようにすること、これが一つの筋道です。英語の世界においては、少なくとも個人の尊厳が尊重され、そのようにコミュニケーションがされる、そうした経験の延長として、英語を学ぶこと、国際社会に出ていくことは「一番下から這い上がっていく」ことではなく、少なくとも英語の世界なり、国際社会というのは「自分を一個の人間として認めてくれる場所」なのだということを、早期に気づかせるといいますか、実感させるようにしなくてはならないと思うのです。

 例えば英語の教師、あるいは外国人の英語話者の指導者などには、そのことを強く意識してもらうことが重要だと思います。会話の中の表現なども、意識してそうした対等性の確保をしてゆくべきだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

情報BOX:パウエル米FRB議長の会見要旨

ビジネス

FRB、12月1日でバランスシート縮小終了 短期流

ビジネス

FRB0.25%利下げ、2会合連続 量的引き締め1

ワールド

ロシアが原子力魚雷「ポセイドン」の実験成功 プーチ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理に押し上げた「2つの要因」、流れを変えたカーク「参政党演説」
  • 3
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 6
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 7
    リチウムイオンバッテリー火災で国家クラウドが炎上─…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    怒れるトランプが息の根を止めようとしている、プー…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story