コラム

自然災害に対する「事前の避難」はどうすれば可能になるのか?

2013年10月22日(火)10時58分

 私の住むニュージャージー州では、昨年2012年10月末のハリケーン「サンディ」被災の記憶が生々しいのですが、その「サンディ」にしても、それ以上の被害を出した2005年の「カトリーナ」の時も、被害の予想される地域への避難勧告や対策は、ハリケーンの上陸時間から逆算して、48時間以上前から行われています。

 サンディの場合ですが、例えばニューヨーク市では、一番風雨が強まったのは10月29日の深夜ですが、その3日前の26日には「ハリケーンの事前非常事態宣言」が出されて、連邦レベルでの支援についてはオバマ大統領も署名しています。また、上陸の24時間以上前の28日の午後7時でニューヨーク市内の地下鉄とバスなど公共交通機関はストップ、またマンハッタンと周辺を結ぶ橋とトンネルは順次閉鎖されていきました。

 勿論、避難勧告も事前です。風雨の強くなったのは29日深夜ですが、29日の明るいうちに高潮の懸念される沿岸部は避難命令が出ています。同時に、29日には停電が発生した際の修復作業要員として、このハリケーンでは被災の可能性のない南部諸州の電力会社から要員が東北部に入っています。

 そんなわけで、経済的被害は大変なものがあったのですが人的被害は最小限に抑えられ、危機管理の指揮を取ったニューヨーク州のクオモ知事など各州の知事は評価を上げています。とりわけニュージャージー州のクリスティ知事は、この危機管理対応への評価を契機として、2016年の大統領候補にという期待が、出身である共和党支持層だけでなく、中間層から民主党支持層にまで広がりを持ってきています。

 そのクリスティ知事ですが、「サンディ」上陸にあたって、強制避難を完全に実施できなかったために高潮による住民の孤立を招いたアトランティック・シティの市長に対して、FMの生放送を通じて「何をやっているんだ」と強い言葉で叱責をしたというエピソードも有名です。

 こうした「事前の対策」ですが、アメリカの例より、もっと大規模なものとして、インドの事例があります。この10月13日、日本では台風26号で伊豆大島での甚大な被害の出たわずか3日前の話です。インド東部オディシャ州などの沿岸部で、「ファイリン」という、大型サイクロン(インド洋の台風)による被災を避けるため、約100万人を強制避難させたのです。

 ロイターなどの報道によれば、避難は上陸の5日前から開始され、内陸部の安全な地域へバスなどを使って移動させたそうです。その結果として、13日までのオデイシャ州の死者は15人程度に抑えられ、1999年のサイクロンで「1万人が死亡」した惨事の教訓が生かされたのだと言われています。

 このようにハリケーンやサイクロン、台風などが上陸する数日前から、「事前の避難」や「事前の対策」を講ずるという考え方は、日本では余り定着していません。ですが、今回の台風27号の接近に当たっては、伊豆大島では26号での豪雨で地盤が水を含んでいるという異常事態を受けて、高齢者などを中心に事前に島外避難を行うようです。これを機会に「事前避難」という考え方が定着していくことを願わざるを得ません。

 では、どうして日本の場合は、これまで事前避難は普及していなかったのでしょうか? またこれから定着させるためにはどうしたらいいのでしょうか?

 まず、日本にはどうしても風雨が実際に強まって来ないと危機感が持てないという「カルチャー」があるようです。アメリカでは、雷雨の予報が出ただけで多くの屋外行事が中止されるのですが、日系団体のイベントだけは降り始めるまで強行したりすることがあります。「目に見えない情報」より「実際の視覚や触覚の情報で動く」という日本のカルチャーがそうさせているのかもしれませんが、とにかく自分たちはそうした習性という「弱点」を持っているという自覚が必要でしょう。

 もう1つ気をつけなくてはならないのは、こうした「事前避難」に関して「外れた場合のオオカミ少年現象」が起きるということです。ハリケーンや台風の予報は、あくまで予報であり、勿論外れることはあります。その際に「結局来なかったのに、こんなに大げさに避難したり準備したりしたのは失態だ」という種類の非難を「言わない」「言わせない」というカルチャーを作ることが大切です。

 こうした問題は日本だけではありません。ニューヨークでも2012年にハリケーン「アイリーン」が接近した時には、市長が大規模避難を指示したのですが、結局予報が外れたために批判的な意見が出ました。その翌年に「サンディ」が接近した際には、市長は知事と相談して、今度は知事が怖い顔をして「地下鉄を止め、事前避難を勧告する」役を引き受けたのです。同じ市長が指示をしたのでは「アイリーンのように空振りだったら?」などという「不真面目な受け止め方」をされる危険があるわけで、役回りをスイッチしたのです。

 そうした臨機応変な配慮も場合によっては必要でしょうが、いずれにしても「予報が外れて避難指示がムダになった場合にも非難しない」というカルチャーを育てて行くことが大切です。

 本稿の時点では、台風27号が日本列島へ向けて進路を東に変えそうな気配であり、大変に心配です。940ヘクトパスカル、最大瞬間風速70メートル台という勢力は、ちょうど昨年私たちが経験した「サンディ」と同じ規模です。私には、風の轟音と共に大地が揺れるような「あの日の晩」の恐怖が蘇る思いがします。どうか、26号のような惨事が起きないように、伊豆大島に限らず、土砂災害の危険のある地域などでは早め早めの避難をしていただきたいと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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