コラム

メジャー日本人選手への応援スタイル、そろそろ修正の時期では?

2013年10月03日(木)13時31分

 メジャーリーグは、既にレギュラーシーズンを終わって、ポストシーズンになりました。日本人選手の活躍ということでは、シーズンの序盤から中盤に素晴らしい投球をした黒田博樹、岩隈久志、ダルビッシュ有の3人の先発投手が注目されたわけですが、最後まで安定していたのは岩隈投手だけでした。

 この内、黒田投手に関しては心身に疲労を蓄積した中で「負け越し」ということになったわけで、チームもファンも、そして恐らくは黒田投手本人もある種の心の整理は付いているのだと思います。ですが、よくわからないのはダルビッシュ投手です。調子は決して悪くはなかった中で、精神面での微妙な狂いが生じていた、私にはそう見えてなりません。

 1つ気になる「事件」が起きたのは、9月4日のオークランド戦でした。優勝を左右する大切なゲームだったのですが、ダルビッシュ投手は投球回5回、6四球、2被本塁打、自責点5で敗戦投手になってしまっています。その中で本塁打を打たれた直後にマウンドに行った、A.J.ピアジンスキー捕手との間で険悪なやり取りがあったように見えました。

 その前後にかけてダルビッシュ投手は「どこか微妙に調子が狂っていた」ようです。8月12日に12勝目を挙げて以来は、シーズンの最後までに9試合先発していますが、9月19日に1勝しかできていないのです。ここからは私の推測が入りますが、ピアジンスキー捕手との「行き違い」を含めて、この時期のダルビッシュ投手は周囲とのコミュニケーションで悩んでいたように見えます。

 ただ、仮にそうだとして、私はこの問題はそんなに深刻だとは思えません。問題の「マウンドでの険悪なムード」に関して、仮に「打たれた直後にマウンドに来るのは、俺のプライドからしてガマンならん......」的な感じでカッカして相手を怒らせたのだとすれば、これはアメリカではご法度ですが、それはともかくエモーションをお腹に溜めこんで屈折していくよりも治りは早いと思うからです。

 もっと深刻なのは日本のメディアとのコミュニケーションです。例えば、この「大トラブル」の日には、偶然ですがダルビッシュ投手は野茂英雄投手が95年に作った「日本人メジャー奪三振記録」を更新したことになったのです。日本での報道はこの「記録更新」の話題ばかりでした。

 本人には辛いと思います。試合に負けただけでなく、同僚との行き違いを見せてしまい、精神面を含めてものすごい反省点を抱えていたであろうダルビッシュ投手に対して、日本のメディアは全くその悔しさを共有してくれなかったのです。

 更にひどかったのはシーズンの終わり方でした。ダルビッシュ投手は最終の162試合目のエンゼルス戦に先発して好投してチームを勝利に導き(勝ち星はつかず)、翌日の「ワンゲーム・プレーオフ」でレイズと対戦することになりました。ですが、そこまで7連勝のレンジャースはレイズに負けて「今年は終戦」になってしまったのです。

 それにも関わらず、日本のメディアはシーズンが終了したことで「ダルビッシュ投手のアメリカンリーグの奪三振王が確定した」と大喜びをしていました。これはアスリートには本当に残酷です。1年間、大変な苦労をして優勝を目指してきたのに、それが断たれたという選手の悔しさを全く無視して「記録」に喜ぶ、このズレの激しさには改めて強い違和感を覚えます。

 仮に後半戦のダルビッシュ投手が精神的な疲労を蓄積していったとして、その原因はチームメイトとの誤解だけではないと思います。日本で応援してくれているファンと勝つ喜びや負けた悔しさを共有したくても、間に入ったメディアが妨害してしまうという点がストレスになっていったのでは、私にはそう思えてなりません。

 これは根の深い問題です。シーズン200本安打の束縛を受けていた中で自然なチームプレーを妨害され、チームメイトやシアトルの野球ファンとの関係でも疲労を溜め込んだイチロー選手などは、その最大の被害者だと言えるでしょう。

 神がかり的な活躍でレッドソックスを地区優勝に導いた上原浩治選手にしても、胴上げ投手になるなどシーズンの最後まで好投を続けましたが、連続無失点記録が途切れて以降は日本での報道は明らかにトーンダウンしていました。

 では、どうして日本の野球ファンは「日本国内のアマチュア野球やプロ野球ではチームプレー優先のカルチャーを強く支持」しているにも関わらず、日本人のメジャー選手には「チームの勝敗よりも、個人成績」を要求するのでしょうか?

 それは「自分たちの身内である日本人選手がアメリカに渡ってメジャーで活躍すること」とは「居並ぶ外国人選手の中で彼等を負かすような個人記録を打ち立てる」ことだ、そのような狭い意味での「活躍」にしか興味がない、少なくとも日本のメディアはそう思って報道しているように見えます。

 この傾向は実はずっとそうだったのかというと、必ずしもそうではないように思います。松井秀喜氏のヤンキース入りの頃は、チームメイトのジーターやバーニーは日本では結構人気があったように思いますし、イチロー選手の初年度の活躍はマルティネスやブーンといった同僚、あるいはピネラ監督の存在などとも一緒に記憶されているのではないかと思います。日本の野球ファンが心の底から「日本人選手の個人記録にしか興味がない」わけではないのです。

 どうしてこうなったのでしょうか? もしかすると日本人が「内向き」になったからなのでしょうか? 私は違うと思います。そうではなくて、日本におけるメジャーリーグの「経済効果」が細っていることが原因ではないか、私はそう見ています。

 イチロー選手や松井秀喜氏が颯爽とアメリカに乗り込んだ2000年代の前半とは違って、現在は日本国内におけるMLBの試合中継は衛星放送に限られています。そんな中で、試合中継が大きな経済効果を生むということはなくなりました。結果的にメジャーの日本での経済効果というと、短時間のスポーツニュースのコンテンツであるか、あるいは有名選手のCFキャラとしての効果が主となっています。

 その結果として、年間162試合あるチームを応援し続けるというような「楽しみ方」を提供することはできなくなっているのです。スポーツニュースでの取り上げ方も、個人別の「その日のトピック」がせいぜいで、毎日15試合の結果や30球団の動向を一々報道することはコスト的にも時間的にもムリなのです。個人にフォーカスした取り上げ方しかできない背景には、そんな構造があるのです。

 そうした構造を考えると、メディアのことを単純に批判もできません。そうではあるのですが、アスリートの「優勝への思い」を応援できない中で、個人記録の話題だけが辛うじて伝わるような現状は、選手本人の思いや情熱と余りに乖離が激しいように思います。こうしたことを続けていては、MLBというコンテンツそのものの魅力がなくなる、そんな懸念も感じます。そろそろ修正の時期ではないでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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