コラム

若者の「悪ふざけ」がエリートの特権である社会とは?

2013年08月20日(火)12時27分

 この夏、日本では「バイトの悪ふざけ」というニュースが何度も大きく報道されていました。アメリカから見ていると、この「悪ふざけ」のカルチャーについて、日米の間には大きな違いがあり、色々と考えさせられたのも事実です。

 まずアメリカの方ですが、若者の「悪ふざけ」というカルチャーはかなり確立されています。一般的には「プランク(プラクティカル・ジョーク=目に見える行為としての冗談)」と言われるもので、社会のあちこちに存在していますし、多くの場合は大人社会は「寛容」です。

 いろいろな例がありますが、日本でも有名なものとしては、メジャーリーグの「新人選手」が、ある時期に女装などの妙な格好をさせられるという「伝統」があります。「ルーキー・ヘイジング」とか「ルーキー・ラギング」と言って、例えば昨年は川崎宗則選手が妖精の扮装をさせられたりして、かなり定着したカルチャーと言えるでしょう。

 また、アメリカの各大学には「プランクの伝統」があります。特に有名なのが、MIT(マサチューセッツ工科大学)で、単なる「プランク」ではなく工科大学ならではの技術力を見せながらのジョークを展開することになっており、「MITのハッキング」という名の伝統になっています。

 例えば「グレート・ドーム」と呼ばれる建物のドーム状の屋根の上に、突如として「消防車」とか「アポロの宇宙船」を出現させてアッと言わせるとか、ピアノを校舎の二階から中庭に落としてぶっ壊すなど、豪快な「悪ふざけ」をやるわけです。

 この種の「プランク」というのは、大学ごとに色々あり、男女共学になる以前のプリンストンでは一部の寮の新入生が裸になってストリーキングをさせられるとか、多くの場合は新入生に「通過儀礼」としてやらせたり、あるいは「エイプリル・フール」とか「ライバル大学とのフットボールの試合」などに合わせて「ネタ」になりそうなことをやるわけです。

 つまり、こうした「若者の悪ふざけ」というのは、アメリカの場合は「エリートのカルチャー」になっているのです。MITが正にそうです。では、どうしてプランクが伝統になっていて、社会から「寛容な」姿勢で認められているかというと、そうした「逸脱」が「未知の状況に対応する」という「リーダーに相応しい判断力やイマジネーション、コミュニケーション能力」を鍛えることになるからです。

 MITの「ハッキング」の場合ですと「持ち上げた消防車(実は巨大な模型)」など、グレート・ドームに設置したイタズラについては、大学当局へ「キチンとした解体マニュアル」を届けるとか、ぶっ壊したピアノは「見事に修復する」という「カッコいい解決」も合わせて伝統になっているわけで、そこにはある種の「自律的なモラル」という美学もあるわけです。

 反対に、アメリカの場合は最低賃金スレスレで働かされている外食産業や、流通の現場などには「プランク」の伝統はありません。若者であっても、契約に縛られる中で生活のために時給で働かなくてはならない世界では、基本的に「逸脱」が禁じられているのです。日本とは違って、多少は寛容性がある場合もありますが、エリートの世界の堂々とした「プランクの伝統」のようなものはありません。

 教育現場についても同じです。貧困層が多く、犯罪や犯罪被害の発生率の高い学区の高校では、厳格な持ち物検査が行われたり、少しでも汚い言葉を使ったら停学になるなど、窮屈な環境があります。それは、エリート大学生による「ユーモア溢れるプランク」のカルチャーとは対極の世界です。その鮮やかな対比は、正に格差社会の反映だと言えるでしょう。

 勿論、今回の日本の「バイトの悪ふざけ」というのは、全くほめられたものではありません。例えば、流通や小売のチェーン本部が、事件の起きた店舗を「閉鎖」するしかないというのも、ある意味、現代という時代では仕方がないように思われます。というのは、消費者の「企業化されたチェーンが提供する厳格な管理に裏打ちされた安心感」への「期待を裏切る」ことが企業のブランドへの決定的なダメージになるという危機感を否定するのは難しいからです。

 そうではあるのですが、いわゆる「下積み」の若者の中に「100%屈服した従順さ」以外の何かがあるというのは、アメリカの息苦しさに比べれば、どこか「一息つく」感じがあるのも事実です。将来が約束された若者には「プランク」を行う自由がある一方で、生活のために日々の仕事に追われる若者には自由がないという閉塞した格差社会よりは、まだどこか救いがあるように思われるからです。

 そう考えると、改めて浮かび上がってくるのが、日本のエリート階層の特殊性です。そこには「プランク」どころかユーモアの感覚も、アドリブのコミュニケーション能力も欠落した硬直化したカルチャーがあるように思います。

 例えば、今回の事件の舞台となった「企業化された外食や小売のチェーン」に関して言えば、「ギリギリの企業努力」で、「画一性とお値打ち感」を演出し、消費者にそのような期待を持たせてきたのは、チェーン本部のエリート官僚組織であったわけです。今回の閉店騒動だけでなく、ここ20年の日本の小売やサービス業界の「デフレ傾向」というのも、彼等の「バカバカしいまでに真面目」な経営姿勢が作ってきたものだとも言えそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story