コラム

オリバー・ストーンの広島・長崎訪問は、オバマ「献花」への布石になるか?

2013年08月06日(火)10時00分

 オリバー・ストーン監督という人は、自身のベトナム戦争での体験から反戦的な映画を多く制作するだけでなく、その延長上で「アメリカに対する自己反省」という「史観」を幅広く表明する活動をしています。この「自己反省」という態度は、相当に強めに一貫していて、例えばアメリカの軍事的な活動によるアジアへの「加害」という問題に加えて、中南米に対するアメリカの影響力に関する「反省」も様々な形で表現することで有名です。

 ですから、今回そのオリバー・ストーン監督が広島を訪問し、引き続いて長崎、そして沖縄を訪問するというニュースはそれ自体は驚くような問題ではありません。彼としては本気であると思われるし、彼の思想に照らしてみれば一貫しているからです。

 ですが、全く注目に値しないわけではありません。というのは、広島、長崎、沖縄というのは日米関係に取って重要な問題であり、特に広島・長崎に関しては「もしかしたら」オバマ大統領が任期中に「献花」に来るかもしれないわけです。キャロライン・ケネディ次期大使指名という人事も含めて、条件は少しずつ実現に向かっていると思います。

 もしかしたらオバマが来るかもしれない、キャロライン・ケネディが「自分の大使としての功績」にしようと取り組む意志があるかもしれない、という政治的文脈を考えると、「オリバー・ストーンが来た」というのは、その「露払い」的な意味合いが出てきます。

 どうして「露払い」が必要なのかというと、オバマが仮に現職の合衆国大統領として広島・長崎献花をする場合、アメリカ国内の一部から強い反対を覚悟しなくてはならないからです。

 この「アメリカが原爆投下に対して謝罪をしてはならない」というグループは大きく分けて二種に分けることができます。

 一つは、アメリカの軍事的覇権を強く支持する保守派です。「強いアメリカ」は「決して謝ってはいけない」という姿勢がまずあり、核兵器の抑止力を維持するには、核兵器の効果ということが前提としてあり、そのためにも人類の歴史の中で2回だけある使用例を否定すべきではないというロジックがこれに重なっています。

 もう1つは、第2次大戦の集結局面において、戦術上正当だったという考え方です。日本側が公式に「最後の一兵まで本土決戦で戦う」と内外に宣言していた以上、日米の壮絶な殺戮合戦を回避するためには核攻撃は必要であったという立場がまずあり、これに韓国系や中国系などによる「アジア解放のための最後の一撃として正当」という史観が重なっています。

 この2つのグループは分けて考えることができます。まず、前者の方は2001年以降にブッシュのアフガン戦争やイラク戦争を支持した「草の根保守」の層に重なってきます。彼等はオリバー・ストーンのことは大嫌いです。「金持ちのリベラルが反米的な映画を作って自己満足している」というのには心から反発している、その典型的な例として、マイケル・ムーアなどと並んでオリバー・ストーンは反発の対象になっています。ストーンの今回の行動は、この層を説得することは余り考えていないと見るべきでしょう。

 一方で、第2次大戦の連合国の正当性をベースにした「広島・長崎での献花反対派」というのは、基本的には民主党カルチャーが背景になっています。他でもない第二次大戦を戦ったのも、戦後に日本の占領政策を遂行したのも民主党ですし、アジア系のアメリカ人の多くもこちらに属します。オリバー・ストーンは基本的にはこのグループには近い思想的立ち位置を確保しています。そのストーンが、広島・長崎に行って米国による核攻撃を「反省」するというのは、このグループへの影響力をある程度計算したものと思われます。

 では、このままオリバー・ストーンの広島・長崎訪問と、米国の核攻撃への「反省」を含む言動が、アメリカ国内で大きな反発を受けずに行けば、オバマは残りの任期内に広島・長崎に来るのでしょうか?

 そう簡単にはいかないと思います。外交というものには、たとえ友好国でも、同盟国でも、対等性の確保というのが絶対の原則として伴ってくるのです。オバマが広島・長崎に来るためには、まず安倍首相がハワイ、オアフ島の真珠湾にある「アリゾナ記念館」に赴いて献花を行うということが必要だと思います。

 どうして安倍首相が先になるのかというと、戦史の順番として、まず真珠湾があって太平洋での戦争が始まり、広島・長崎で実質的に集結に至ったという「時間的な順序」があるからです。また、それ以上に「安倍首相のアリゾナ献花」よりも「オバマの広島・長崎献花」の方が、自国の国内における反発が厳しいだろうということがあります。そのためにも、安倍首相が先にアリゾナに行った方がストーリー的には成立しやすくなります。

 いずれにしても、今回のオリバー・ストーンの行動に続いて、退任間近のルース駐日大使は今年も広島と長崎の慰霊祭に参加することと思います。思えば、この問題に関して、ルース大使は在任期間中に、本当に丁寧に被爆都市とのコミュニケーションに努め、貴重な布石を打ち続けてきました。その努力が、退任後になるとは思われますが、何とか実ることを祈りたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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