コラム

全米を揺るがせたジマーマン無罪判決の意味

2013年07月16日(火)13時31分

 2012年2月に、フロリダ州サンフォード町で発生した銃撃事件は、発生直後から全国的に大きく取り上げられてきました。被害者はトレイボン・マーティン君という17歳の黒人の少年で、銃撃したのはジョージ・ジマーマンという現在29歳の若者です。このジマーマンという青年は、住宅地の「自警ボランティア」をしていました。

 事件は午後7時過ぎに、フードをかぶって歩いていたマーティン君に対して、ジマーマンがおそらくは「コイツは怪しい」と思った、あるいは自警ボランティアの「職務に忠実であろうとした」ために、マーティンに対して「つきまとい」的な行動をしたようです。

 そのジマーマンの行動をおそらくは不快に思ったマーティン君と、ジマーマンはやがて「取っ組み合いのケンカ」に至り、ジマーマンは武装していなかったマーティン君を射殺してしまいました。こうした事件の場合には、フロリダ州では「正当防衛法(スタンド・オン・ユア・グラウンド・ロー)」が適用されます。

 これは、ケンカがエスカレートしないように回避の努力をしたとか、自分に身の危険が迫っているという客観的な理由があるといった正当防衛の認定要件「なし」で撃ってしまっても起訴どころか逮捕もされないというものです。南部を中心とした地域独特の法律ですが、今回の初動ではこの法律が適用されています。

 その後、フロリダ州の検察は、第二級殺人もしくは傷害致死でジマーマンを起訴し、今回その大きな裁判が結審して、陪審の評決が行われたのです。検察側、弁護側の最終弁論の後、陪審員の評議は延々と行われ、金曜日には終わらずに週末の土曜日に突入、陪審員たちは「改めて物証のリストを吟味する」そして「殺人と傷害致死の法的な相違点について再確認する」など慎重を期した結果、土曜日の夜の10時になってようやく判決を下しました。結果は「無罪」でした。

 これを受けて、地元サンフォードではマーティン君の支持者による「平和的な抗議集会」が行われ、翌日の日曜日には、SNSを通じた「フラッシュ・モブ」形式で、NYのタイムズ・スクエアや、LAのハイウエィなどで車道にデモ隊が乗り出して交通を一時遮断する形でのデモが行われました。

 デモが拡大する中で、オバマ大統領自身が世論に対して「平静であれ」というメッセージを出す事態となっています。一部のメディアは「人種の分断再び」などとセンセーショナルな見出しを掲げています。現在のところ、デモ隊は、激しい行動は自制していますし、車道の交通が妨げられる程度のことでは、各市の警察も非常に穏便な対応を続けています。西海岸の一部では激しい動きもあるようですが、全米としては淡々と秩序だった中で緊張感が持続しているという感じです。

 しかしながら、今回の事件に関してリアクションがここまで拡大したのは、メディアの対応に問題があったように思います。まず、事件直後にはセンセーショナルな報道が続きました。例えばメディアとしても、仮にこれが「白人が黒人を撃った」事件であれば、社会問題として対立がエスカレートする危険をある程度回避していたかもしれないのです。

 ですが、撃ったのがヒスパニック系であり、それもフロリダ州の大勢力であるキューバ系ではなく、ペルー系とドイツ系の両親を持つジマーマンという「エスニック的には孤立した存在」ということで、メディアとしては「取り上げやすさ」を感じていたのかもしれません。当初からのセンセーショナルな報道にはそうした計算も見え隠れします。

 一方で、良し悪しは別にしても、フロリダの「正当防衛法」に照らして考えれば「ジマーマンがマーティン君を怪しいと思っていたかどうか」というのはお構いなしに「撃った瞬間にジマーマンが身の危険を主観的に感じていた」のであれば「撃って構わないし、本来は逮捕も起訴もされない」というのが法的には正当になるわけです。そうした特殊な法律があるにも関わらず、そのフロリダ州の法廷でジマーマンを有罪にできるとか、判決には人種問題が関わっているというイメージを与えたメディアの姿勢にも問題があると思います。

 では、ジマーマンがマーティン君を殺したのは「仕方がなかった」のかというと、そんなことはないわけで、基本的に警察でも何でもない「自警ボランティア」が銃で武装できるという銃規制の問題が根本にはあるのです。無茶苦茶な「正当防衛法」も、単に「取っ組み合いになった場合の正当防衛」ではなく、「そこに銃がある」ために「命のやり取りになってしまう」そのことが異常なのであり、また問題にしていかなくてはならないのです。ですが、アメリカ社会は、問題が「銃」にあるということから、今回も目を背けています。

 今回はフロリダの刑法による刑事法廷での判決となったわけですが、連邦の検察としては「ヘイトクライム」による「公民権侵害」事犯として刑事訴追できないかを検討中のようです。但し、この訴追に関してはテクニカルに相当難しいと言われています。その次には、亡くなったマーティン君の家族の側が、ジマーマンを民事で訴えることになり、O・J・シンプソン事件のように「刑事は無罪でも民事では多額の賠償責任」という「裁き」になる可能性はあります。

 ちなみに、これだけメディアの露出がされれば、90年代であればもっと激しい騒ぎになったかもしれないと思うと、今回の「判決抗議デモ」には、これでも相当な自制が感じられます。その点に関しては、やや救いを感じる部分もあるのですが、問題の根っこにある「銃」の問題に向き合えないということには、やはり激しい失望感を感じざるを得ません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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