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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
日米関係まで揺らぐ危険、靖国問題に落とし所はあるのか?
靖国神社の春季例大祭にあたり、安倍内閣の閣僚数名とともに、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の168名が集団参拝したというニュースは、アメリカの新聞でも大きく報じられています。ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナルなど軒並み扱いが大きく、記事のトーンは批判的です。
特に、昨今の北朝鮮情勢を受けてケリー国務長官が東アジア各国を歴訪し、各国の利害を調整した努力の直後だけに、「危機の中での周辺国の結束を乱す」行為に対して米側が「フラストレーション」を露わにしているという表現は深刻に受け止める必要があると思います。
一方で、中国からは外交ルートを通じた抗議が来ているようですし、韓国からは朴槿恵大統領本人から「日本の右傾化に反対」という発言が出ています。これに対して安倍首相は国会答弁の中で「脅しに屈しない」という挑戦的な表現をしており、全体の状況は極めて深刻であると思います。
中国と韓国は、首相同士、外相同士の会談で「北朝鮮情勢への対処について連携」すると宣言していますが、この動きにアメリカが乗っていくようですと、ある種の「日本外し」が進んでいくことも懸念されます。オバマ政権はまだ親日ですが、急速に世代交代の進む共和党では「在外米軍基地全廃論」なども出始めており、そうした動きと「日本外し」が重なってくると、日本の外交も安全保障も孤立してゆく危険性すら感じます。この問題は、単なる舌戦では済まないのです。
そこまで大げさでなくても、今回始まったTPP交渉において、この「靖国問題」があるために、環太平洋の「パートナー」諸国に対して微妙に「借りを作った」形になる可能性はあると思います。やはり、現状に関しては危機感を持つべきです。
では、靖国問題に「落とし所」はあるのでしょうか?
以前から議論があるのは、A級戦犯として処刑された人々の「分祀」という問題です。ですが、現状を考えると、それだけでこの「靖国問題」が解決するとも思えないのです。今はもう「戦犯合祀のされている神社に行った」から批判されるという段階を超えており、「戦前の歴史の名誉回復をしたい」という思想の象徴として靖国神社が捉えられているわけであり、「戦犯分祀」だけでは解決にならないように思われるのです。
以降は私の個人的な提案です。アメリカで「高みの見物」をしている「評論家的な発言」と思われるかもしれません。ですが、個人的な話になりますが、私自身が靖国神社との縁がある人間であり、その個人的な縁を根っことした部分からお話をすることで、どこかで読者の方々の心に響く部分もあるのではと思い、以下を提案させていただく次第です。
その「縁」ですが、私の母方の高祖父に大久保春野という陸軍軍人がいたのですが、その春野とその父である大久保忠尚という父子が靖国神社の創設に関わっているのです。この父子は、そもそも静岡県の磐田にある淡海国玉神社の神官の家柄でした。ご一新(明治維新)に当たって、新政府軍に志願した父子は、戊辰の役の沈静化後に上野で行われた戦没者慰霊の「招魂祭」で祭司を努めています。
その後、こうした戦没者の「招魂」のために東京招魂社という神社が設立されて、それが靖国神社に改組されていくのですが、ある意味で「上野の招魂祭」というのはそのルーツだと言えると思います。問題は、この東京招魂社から靖国神社へという動きの中で、大村益次郎や山県有朋などの「長州出身者」の思いが過度に投影されていったということです。
それが、現在に至る靖国の「黒船来航以来の維新受難者は合祀」するが「朝敵」つまり明治政府軍に敵対した人間は合祀しないという「頑固な」姿勢につながっているのではないか、そのように見ることが可能です。例えば、今年の大河ドラマ『八重の桜』で注目されている会津藩の人々については、鳥羽伏見での戦没者にしても、会津戦争の戦没者にしても「合祀されていない」のです。
また、同じように「朝敵」となった西南戦争における西郷軍の戦没者も同様です。反対に、長州勢が禁裏に発砲した「蛤御門の変」での長州の戦没者は合祀されています。(この蛤御門での死者についてのみ、会津側の死者も合祀されているのは、朝廷を守ったという大義名分があるからのようです)要するに「長州の視点による歴史観」が濃厚に投影されているのが靖国だということが指摘できるのです。
ちなみに、大久保父子が「朝敵合祀」を考えていたという証拠はありませんし、熱烈な平田国学の信奉者であった父子には、そこまでの包容力はなかったのかもしれません。
ですが、少なくとも子の春野は陸軍軍人として、困難な任務(例えば日韓併合前後の韓国駐箚軍の司令官など)に任命されたというのは、非藩閥であるがゆえに「人のいやがる任務」を押し付けられたということよりも、本当にクリティカルな任務には非藩閥で個人的に信頼できる人物を、という明治天皇の意向と言いますか統治者の本能が反映したのではと思うのです。
その延長上で想像を巡らせるならば、明治天皇以降の歴代天皇の内意としては「過度に長州閥に依存する」ことには抵抗感を持っていただろうし、更に言えば日本国民全員の「統合」の責任を負った存在として、「朝敵も含めた受難者は全て合祀したい」という発想はあったのではと思うのです。
いずれにしても、この「維新前後における朝敵合祀」ということが1つ、靖国を「正常化」する上で必要なステップではないかと思います。その先に、例えば幸徳事件や甘粕事件の受難者、治安維持法などの違憲性のある法律の犠牲となった人々なども、「明治から昭和の国難の中での受難者」として合祀ができないものかと思います。
その延長上に、戦災における民間人犠牲、つまり東京大空襲をはじめとする多くの犠牲者、そして広島、長崎の犠牲者が合祀され、更にその延長で清国からロシア、アメリカ、韓国、中国、英国、東南アジアなど「日本が絡んだ戦争での受難者」の全てが合祀される、更には戦前の反日運動や独立運動などでの受難者も合祀されるようなところまで、10年かかっても、20年かかっても持っていくことはできないかと思います。
そうでもしなければ、近隣諸国との友好は勿論、日本国内の対立、つまり「戦没者の魂が靖国にいる」という立場と、「靖国的な考え方は否定すべき」という世界観が痛々しく対立している現状を乗り越えていくこともできないでしょう。そもそも慰霊のための宗教施設が政治の道具にされ、こともあろうに新たな国内外の対立エネルギーの発火点になっているというのは、異常な事態であると思います。
神道というのは、時として峻厳な性格を持つ一神教や、自己に厳格な仏教思想などとは違い、母なる大自然に神性を実感する中で、人々の融和を計っていく、そのような包容力のある世界観だと思います。それを「国家神道」へと捏造し、廃仏毀釈などの暴力的な変更を行ったのは、あくまで維新後の混乱を避ける緊急避難的なものであったとして、それを是正しながら、靖国もかつての「包容力」のある伝統へと回帰できないものかと思うのです。
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