コラム

「ベースボール」と「野球」、安全に関する認識の違いをどうする?

2013年04月02日(火)13時14分

 日本に続いてメジャーリーグも31日に開幕していよいよ球春到来というところです。日本の場合は、これに選抜高校野球も加わってくるわけですが、そのセンバツで不自然な幕切れとなった試合がありました。

 3月30日の大阪桐蔭高校と県立岐阜商業の試合。1点を追う9回ツーアウト1塁2塁でヒットが生まれたのですが、浅く守っていたセンターがアウトのタイミングで捕手に送球したところに、2塁ランナーが「突入」して捕手は落球してしまいました。

 誰もが「土壇場で同点に追いついた」と思ったのも束の間、審判はこの走塁をラフプレーと判定し、守備妨害でゲームセットとなったのです。しかも大阪桐蔭高校の監督には「厳重注意」の処分も行われています。

 この「守備妨害アウト」ですが、実は最近制定された新しいルールに基づく判定と見ることができます。ではどうして新しいルールが出来たのかというと、昨年9月に韓国で行われた「U-18野球国際大会」での米国戦で、日本代表として出場していた同じく大阪桐蔭高校の森捕手が、アメリカの走者に再三にわたって激しい本塁突入を食らって負傷した事件がきっかけになっています。

 日本のアマチュア野球としては国際試合での危険な走塁を禁止するような主張は行なっているようですが、「まずは国内から」ということで、今季から新ルールを制定しているのです。

 私はこのセンバツの試合の「本塁突入シーン」を何度かビデオで見ましたが、センターからの送球はノーバウンドで完全にアウトのタイミングでしたし、走者の走塁に関してはスランディングせずに完全に「落球狙いのタックル」に見えました。新ルールの下では、アウトの判定というのは仕方がないでしょう。

 ですが、これによって「野球が安全になって良かった」と手放しで喜ぶ訳にはいかないように思うのです。以下、気になることを記しておきます。

 とにかく、国際試合にも「危険なタックル禁止」を強く要求すべきです。アメリカの高校野球はメジャー予備軍という位置づけから、「リスクを取った本塁突入という走塁」や「走者と捕手の激突」などを好む文化があります。(筆者注:国際野球連盟が青少年の野球に関しては本塁上の衝突を許さないようなルール改正を行なっていますが、ダイナミックなプレーを好むアメリカの野球カルチャーはそうは簡単に変わらないと思います。)併殺阻止のためのラフなスライディングもありますが、高校レベルでの国際試合に関しては悪質なプレーを排除するように何度も強く要求をするべきだと思います。

 スポーツの国際的なルール改訂というのは、会議を開いて決めることが多く、そこで机を叩いて自国の主張をしないとルール改訂の主導権は取れません。過去に他のスポーツでは、英語のできるネゴシエーターを送ることができずに日本に不利な改訂をされたりするケースがあったようですが、このアマ野球に関してはキチンと対策を講じるべきと思います。

 このまま、日本国内は安全優先、国際試合はそうではないという中で、日本のアマが国際試合に参加を辞退したり、参加しても「相手にみすみす点をやるようなプレー」に甘んじるというというのでは、長い目で見て日本での野球文化の衰退にもつながりかねません。とにかく、他の国も自分の陣営に誘導しながらアマチュアレベルの野球の国際大会での安全確保に向かうべきです。

 では、メジャーの「本家」ではどうかというと、例えば2011年の5月に起きたマーリンズのカズンズ選手によるジャンアンツのバスター・ポージー捕手へのタックル事件というのがあります。この事故で、前年度新人王のスター候補であったポージー選手は「シーズンを棒に振る」負傷を負っています。

 この時には、「危険な本塁突入を禁止するルール改正」の議論が起きかけましたが、結局は立ち消えとなっています。そのポージー選手ですが、事故直後は「捕手としての復帰は絶望」と言われていたのですが、壮絶なリハビリを行なって翌年の2012年のシーズンには捕手として完全に復帰し、ナリーグMVPに輝くと同時にジャンアンツをワールド・シリーズの制覇へと導いています。

 ポージー捕手については、負傷から復帰した2012年のシーズンの戦いを見ていますと、キャッチングに関するテクニックについては、単にリハビリで「元に戻った」だけでなく、よりレベルアップを目指してきたように見受けられました。特に本塁上でランナーと交錯するようなプレーに関しては、相手のタックルを誘発しないようにベースの一角を開けながら、着実に捕球とタッチを行うプレーの精度が上がっていたように思います。

 メジャーの「ベースボール」に関しては、「ダイナミックなプレー」を選手も観客も好む中で、このポージー捕手のように捕手の側が「安全確保と本塁守備の両立」を目指してプレーの精度を上げていくしかないようです。例えば、引退した城島健司捕手などは、そうした「メジャー流」の荒っぽいプレーに関しても相当にトレーニングを積んだと思われ、完全に対応していたように思います。

 1つ気になったのが、現在日本球界に復帰して阪神タイガースでプレーしている西岡剛選手のケースです。西岡選手は、ポスティング制度によってミネソタ・ツインズに入団したばかりの2011年4月7日に、併殺阻止を狙ったヤンキース(当時)のスイッシャー選手と交錯して負傷し、以降はメジャーでは思ったような活躍が出来ずに終わっています。

 この事故ですが、確かに2塁ベースのやや左を狙った「併殺崩し」のスライディングでしたが、メジャーでは普通はジャンプしつつ送球するプレーが定着していて、それで十分に対応できる性格のものです。スイッシャー選手は西岡選手に謝罪はしましたが、アメリカの球界としては西岡選手のプレースタイルには疑問が発せられていました。

 同じ内野手でも、西岡選手より以前からメジャーでプレーしていた、松井稼頭央選手(現在は楽天)はメジャーで8年間プレーしていた間に、数多くの併殺を完成させていますが、似たような事故に巻き込まれることはありませんでした。併殺崩しには「ジャンプ」で対応するなどのメジャー流の守備についてトレーニングを積んでいたからだと思われます。

 プロのレベルに関しては、日本は比較的おとなしく、アメリカはダイナミックなプレーがあるという違いがあって別に構わないと思います。ですが、その違いがよく認識されていて移籍時には対応ができるように、特に内野手と捕手に関しては、十分にトレーニングがされるようにすべきでしょう。その一方で、アマチュアの国際試合に関しては安全確保のための世界的な合意がされるべきと思います。野球の国際化が進むためにも必要と思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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